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【雑感】逃げずに向き合う、ということは。

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ゆでたまごのすけです。

自動車メーカー大手と日本の報道機関、面白いですね。

バブル期の日本を未だに引きずっている自動車メーカー大手の経営陣が考えていることと、日本の報道機関が考えていることは、結局変わらないことの方が幸せなんだ、と浸透させようという意図が見え見えで面白い。かの外国人経営者の方が言っていることはとても全うで、不正はないという主張は、法的にはおそらくその通り、ということかと思われます。なんならバブル期に戻ったら、業績が下降線をたどるのは明白なことかと思いますが、どうでしょう。

これからの日本が成長していくために必要なことは、過去の遺産を守ろうとすることではなく、守ろうとした際に起こるであろう業績の下降を踏まえた上で、じゃあどうすれば下降せずに済むのかを真剣に考えることではないか、と思うのであります。

今、書いたことをわかりやすく説明するとすれば、明日以降の記事をご覧いただくことで、解決できると思いますので、継続的に私のブログをチェックいただきたく存じます。


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【雑感】ハプニング、アドリブ、そして素人。

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ゆでたまごのすけです。

すっかり更新がご無沙汰になってしまいました。前回更新から、約半年。気がつけば、夏。猛暑。命の危険があるほどの暑さとテレビのニュースで連呼されていますが、危険なのは暑さだけじゃないよなあ、といろいろな世の中の事象に思いを馳せる今日この頃。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

NHKのBSプレミアムでやっていた「欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)」、見逃したし録画もし忘れた、とショックを受けている次第です。昨年(2017年)やっていたものはたまたま番宣で知って録画してありますし、「アドリブで笑(ショー)」をやるきっかけになったと思われるコント55号の何十周年だかの記念番組も観ました。そこで改めて知ったのは、萩本欽一さんという方がなぜ素人いじりを得意としていたかというと、ハプニングこそが面白いと知っていたからなんだなあ、ということ。今、お笑い芸人と呼ばれる方々が結構しっかりとした台本をつくってネタにしているのとは真逆のスタンス、ということになるのでしょう。だから「アドリブで笑(ショー)」に出演される芸人の方々が舞台裏で戦々恐々とされているのも、わからなくはないです。

そんなことを考えていたら、昔やっていた劇団のことを思い出しました。最初の公演をやったのはかれこれ25〜6年前の話になりますが、メンバーを集めるのに今や懐かしき雑誌の「ぴあ」や「フロムエー」などの無料掲載できるスペースに募集告知を載せておりました。だから当然ながら、集まってくるのは役者の経験なんてないという素人さんがほとんどで。そうすると高度な演技なんて求めたとしてもできるわけがないのですが、当時の劇団で演出をやっていた私の相方は、そんな素人さんたちをお客さんたちに観せられるようにするのが非常に上手な人間で。できないならできないなりに、できることで観せるに値するものに仕立てる、というのは今から考えるとすごい能力だなあ、と改めて思ったりして。これって、前述の欽ちゃんのハプニングやアドリブを活かしたり、素人いじりをしたり、というものに通じるものがあるなあ、と。

転じて、求人広告の話です。求人広告の制作を仕事にしていると、いつも「素人」でいられる感じが心地よかったりします。というのは、求人広告を出したいという企業さんのもとへ取材に訪れると、ほとんどのケースで新しい企業さんや仕事内容に遭遇する…

【雑感】2018年のお正月は、少しいつもと違いました。

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ゆでたまごのすけです。

2018年が明けました。おめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

例年、この季節は繁忙期に入るもので、だいたい年内に納まらなかった仕事を抱えて年を明けるわけですが、今年は例年以上に忙しく、抱えた仕事も多かったので、お正月感が一層薄い感じの元日となっております。まあそれでも、大晦日は「笑ってはいけない」を軸にしながら、桑田さんが登場する時だけ「紅白」を見て、「孤独のグルメ」が始まったらほぼチャンネルは固定、という感じで過ごしましたけれども。

そんな中、元日早々に一番上の姉から電話があり。義理の兄の実弟である深水三章さんが亡くなった、という知らせがありました。それより前、目を覚ましてからFacebookをチェックしていたら、三章さんが創立メンバーとして立ち上げた劇団・Mr.SlimCompanyのメンバーだった方が、三章さんがメインボーカルを務める曲に動画をつけてアップされており。そこに寄せられたコメントに「追悼」的なものがいくつもあったので、「まさか?」と思っていたところへの姉の電話だったもので、何とも衝撃的、かつ脱力感と無力感を感じるお正月になっている次第です。12月30日に永眠され、享年70歳だったとのこと。心よりご冥福をお祈りします。

三章さんとは、あまり直接の接点はありませんでした。しかしながら、その兄である龍作さんが主宰となったSlimのステージには中学時代に初めて触れ、衝撃を受けました。歌って踊って、叫んで、汗をかいて、狭いステージを縦横無尽に飛び回る作品を観て、こんな舞台もありなのか、と思ったのを、未だに鮮明に覚えています。その後、旧知の友人と劇団をつくり、座付脚本家として作品を執筆し、そうした活動から距離を置いた今でも「本業は脚本家」と思っているという私の根っこには、三章さんが興したSlimの存在が今もこびりつくように残っています。そんな私のルーツを、三章さんの訃報という悲しい知らせによってではありますが、改めて意識させられるお正月になったということは、何かを示唆しているように思えてなりません。

2018年、今年はこれまでと少し違った1年にしたいと思う次第です。

そんな決意をした私のもう一つのブログも、どうぞご覧下さい。

求人広告の「裏ワザ!」

求人広告でいろんな人たちと会うのも、いずれその出会いを自分の作品に…