投稿

ラベル(創作ノート)が付いた投稿を表示しています

【創作ノート】自分の基準で見てしまうと。

イメージ
ゆでたまごのすけでございます。 私のお人好しっぷりを示すエピソード。 よくあったのは、 飲み屋のおねえちゃんとの話でしょうか。 売上げが目当てだっていうのに、 甘えてこられると応えてあげよう、 という気持ちになってしまうという。 思い当たる方が、何名かいますねえ。 つくづく、人を見る目がないなあ、と。 結局、それも自分の基準で 相手を見ていたが故のこと。 自分は頼られている、と自分で思い込むという。 客観的に見ればすぐわかりそうなものを、 そういう時に限って視野が狭くなってしまう。 そういう人たちって、 私が頼りにならないと思った瞬間に、 さっさと私のまわりからいなくなるんですよね。 それは決して、飲み屋のおねえちゃん関係だけでない、 という話を次回はご紹介いたしましょう。   

【創作ノート】私もたいがい、お人好し。

イメージ
ゆでたまごのすけでございます。 創作ノートと題しまして、 祖父と父のお人好しぶりを紹介してまいりました。 そんな血を引く私ですから、 当然ながら私もたいがい、お人好しなわけです。 当事者である時はそうでもないのですが、 後から振り返ってみると、ああ、お人好しだったな、 ということに気づく場面が結構あるんでございます。 そして、その根底にあるのが、 何とかしてやりたい。 という根拠のない献身的な強い思い。 そして、その思いは、 たいがいどこか間違った方向に向かっていることが多い。 本来なら、その「何とかしてやりたい」という気持ちは、 こっちに向かうべきだろ、という方向には向かわずに、 全然違う方向に向かったりしている。 ここのところ、スゴくそう思うのでございます。 そしてそれは、父の姿とダブるわけでございます。 ある種のKY。天然?そんな感じ。 具体的にどんな話があったか、 ちょっと思い出すままに次のブログで書いていこう、 と思っておる次第でございます。   

【創作ノート】お人好しぶりを証明する話。

イメージ
ゆでたまごのすけでございます。 どんだけ、というくらいにお人好しの父。 そんな父は、持ち家を奪われたことがあります。 私が小学校五年の時のことでした。 家にいた私は、母親に、怖い人がくる、 と言われて、母親と私とで、 家から近い繁華街に出ていこう、 と言われたことがありました。 その時に来た怖い人というのが、 父の持ち家の所有権を奪った人。 当時は、借金の債権者ということになっていました。 父は、知り合いが葬式を出す費用がない、 と相談を受け、その人の借金の保証人となり、 その知り合いがトンズラをこいて、 その借金の方に自分の持ち家を取られた、 ということなわけでございます。 しかしながら、その後わかったのは、 実はその借金をした知り合いと、 債務者として持ち家を持っていった人とは グルだった、ということでした。 つまり、詐欺だったわけです。 その後、東京に私たちが出てきた後、 愛知県警に別件で逮捕された知り合いと債務者の二人に、 余罪があるということで、県警の人が家に事情聴取をしにきた、 ということがございました。 どこまでもお人好し、というのを証明する事実でございます。 そして、そんな血を引いている、私。 そんな父を、つい最近まで受け止められずにおりましたが、 母の死をきっかけに、ようやく向き合えるようになってきた、 という気がしておる次第なのでございます。   

【創作ノート】そして、父に受け継がれる。

イメージ
ゆでたまごのすけでございます。 ちょっと間が空きましたが、 創作ノートを書いておこうと思います。 祖父は、医者をやりながら、 救えないと悩んだ末に坊さんになった、 という人だというのは、前に書きました。 これ、結局突き詰めていくと、 どんだけお人好しなんだよ、ってくらいに、 どうにかしたい、という思いが強かった結果の行動、 という気がして仕方ないのでございます。 そして、そんな祖父から血を受け継ぐのが、 私の父になるわけでございます。 一昨年に母が亡くなった際に出て来た遺品の中から、 父の手帳が見つかりまして、その中に履歴書があったんでございます。 よく見てみると、数社の企業で取締役をやっているんでございます。 結構、名古屋あたりでは名の知れた企業も含まれていたような。 そんな事実は、初めて知ったものですから、 え、親父ってそんなにスゴかったの、 と改めて思った次第だったのでございます。 しかしながら、なぜそんな地位まで上がりながら、 そんなに何度も転職を繰り返していたのか、と。 そこら辺は、実際に話を聞いたわけではございませんので、 よくわからないのでございますが、 何となく、想像がつくのでございます。 おそらく。 部下たちを守ろうとして、自分より上の経営陣とかと、 ケンカして辞めていったのだろうなあ、と思うのでございます。 正論を、そのまま貫くタイプの人だったんでございます。 それはもう、愚直なまでに。 そして、そんな父を、部下の人たちは頼りにしていたのだろうなあと。 しかしながら、これもまた想像できるのでございます。 そんな部下の人たちは、守ってくれた父に恩義を感じることなく、 甘えるだけ甘えて、利用するだけ利用して、去っていったのだろうと。 なぜそう思うのかというと、 父の葬儀の時に、花が贈られてきたのは、 私の当時のバイト先だった大手新聞社からのものだけだった、 ということがあったから、でございます。 当時の部下の人たちにとっては、 父は何もしなくても助けてくれる都合のいい人、 というだけの存在だったのだろうと思うのでございます。 そして父は、そんな人たちのことを見抜くことなく、 頼りにしてくれるから、自分を必要としてくれているんだ、 と勘違いをなさったのだろうと感じるのでございます。 祖父とは、ちょっと形は違います。 でも、父も結局、愚直なまでにどうにか...

【創作ノート】祖父は悩んだ末。

イメージ
ゆでたまごのすけでございます。 私の父方の祖父は、岐阜の片田舎で町医者をやっておりました。 しかも、その町では相当、名士として慕われていたそうで。 それもそのはず、医者をやりながら、 出家をしてお坊さんもやっていた という人だったのでございます。 なんで?とお思いになるかもしれませんが、 祖父はどうやら、医者をやりながら 悩んでいたそうなのでございます。 どうして、私は救えないのだろう、と。 そりゃそうですよね。 医者なわけですから、 何らかの病気の患者さんに向き合うわけでございまして、 時には亡くなってしまう方もおられるわけでございます。 救えなくて、当然ではないか、 と普通なら思うはずでございます。 ところが、私の祖父は、 それでは満足できなかったのでございます。 どうにかして救える方法はないか、 と悩み抜いた末の結論が、お坊さんもやる、 ということだったのでございます。 そこまでする?という感じでございます。 そんな祖父の血を引いているのだなあ、 とここのところ感じることが多いのでございます。   

【創作ノート】ルーツを、書きたい。

イメージ
ゆでたまごのすけでございます。 何か作品を書こう、と思っている次第ですが、 今、自分の中で書きたいのは自分のルーツ、 といったようなものかなあと思っております。 そんな個人的な話を誰が読みたいのか、 と思ったりもするのですが、 それを読みたいと思っていただけるようなものに 昇華していく作業が必要なのかなあ、 などと思っていたりするのでございます。 ちょいちょい、このブログでも書いていますが、 ここのところつくづく、私は父親の血を引き、 祖父の血を引いていると感じることが多々あります。 そのあたりの話を、創作に入る前のノート的に、 こちらのブログに書いていこうかな、 と思っておる次第でございます。