( 44 へ続く) いつの間にか、聡美もぐっすり眠っていた。 オレはというと、車窓の風景をずっと眺めていた。 富士山は、相変わらず美しくどっしりと構えていた。聡美と二人で名古屋に向かった日に見たものと、何ら変わりはない。 いつまでも変わらずにいられるのなら、すばらしい。しかし、自ら変わろうとするのは、勇気が必要だ。 兄弟たちは、どんな風に変わっているのだろう。だけど、兄弟であることには変わりはない。 新幹線は、小田原駅を通過した。もうすぐ東京に着くな、と思っていると、聡美が目を覚ました。 「もうすぐ、ですか」 「ああ、小田原を過ぎたばかりだよ」 「何だか、あっという間でしたね」 「ああ、ほんとだな」 「明日は、いつも通りの時間ですか」 「そうだ。朝七時起きだ」 「朝は、赤だしのお味噌汁にしましょうね」 「そりゃ嬉しいね」 「思っていたより、おいしいものですね、赤だしのお味噌汁って」 「ああ。うまいもんだよ」 オヤジとオフクロは、いつまで元気にいてくれるだろうか。 勇作は、もうこの世にはいない。奥さんは、これからどうやって幸せになっていくのだろうか。 先のことを考えたら、不安な気持ちになる。 しかし、オレは生きている。そして、妻の聡美がいて、息子の浩輔と娘の恵美子がいる。それはもう、譲ることのできない、紛れもない事実だ。 もしかしたら、兄弟たちと財産分与だとか、オヤジとオフクロの面倒とか、喧嘩になるかもしれない。 しかしそれも、逃れられない事実だ。 受け入れよう。今まで五十年以上も生きてきて、今さらながら、それが一番大事なことだと気づいた。 「なあ、聡美」 「はい」 「今までずっと言ってなかったんだけど」 「何です」 「おまえの味噌汁は、赤だしでなくても、うまいよ」 「何を言うかと思ったら」聡美は少しの間をおいて、吹き出しながら、それでも少し嬉しそうに、そう言った。 「まもなく、東京、東京です」車内のアナウンスが、東京駅への到着を告げた。(完) 人気blogランキングへ ← ワンクリックお願いします。 ← こちらもぜひ。