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【小説】味噌汁の味

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ゆでたまごのすけでございます。 そういえば、ずいぶん前に書いた小説がございました。 http://boiled-egg.blogspot.com/2007/04/1.html  ↑ こちらから、どうぞ。 もし興味がございましたら…。   

小説「味噌汁の味」(45)

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( 44 へ続く)  いつの間にか、聡美もぐっすり眠っていた。  オレはというと、車窓の風景をずっと眺めていた。  富士山は、相変わらず美しくどっしりと構えていた。聡美と二人で名古屋に向かった日に見たものと、何ら変わりはない。  いつまでも変わらずにいられるのなら、すばらしい。しかし、自ら変わろうとするのは、勇気が必要だ。  兄弟たちは、どんな風に変わっているのだろう。だけど、兄弟であることには変わりはない。  新幹線は、小田原駅を通過した。もうすぐ東京に着くな、と思っていると、聡美が目を覚ました。 「もうすぐ、ですか」 「ああ、小田原を過ぎたばかりだよ」 「何だか、あっという間でしたね」 「ああ、ほんとだな」 「明日は、いつも通りの時間ですか」 「そうだ。朝七時起きだ」 「朝は、赤だしのお味噌汁にしましょうね」 「そりゃ嬉しいね」 「思っていたより、おいしいものですね、赤だしのお味噌汁って」 「ああ。うまいもんだよ」  オヤジとオフクロは、いつまで元気にいてくれるだろうか。  勇作は、もうこの世にはいない。奥さんは、これからどうやって幸せになっていくのだろうか。  先のことを考えたら、不安な気持ちになる。  しかし、オレは生きている。そして、妻の聡美がいて、息子の浩輔と娘の恵美子がいる。それはもう、譲ることのできない、紛れもない事実だ。  もしかしたら、兄弟たちと財産分与だとか、オヤジとオフクロの面倒とか、喧嘩になるかもしれない。  しかしそれも、逃れられない事実だ。  受け入れよう。今まで五十年以上も生きてきて、今さらながら、それが一番大事なことだと気づいた。 「なあ、聡美」 「はい」 「今までずっと言ってなかったんだけど」 「何です」 「おまえの味噌汁は、赤だしでなくても、うまいよ」 「何を言うかと思ったら」聡美は少しの間をおいて、吹き出しながら、それでも少し嬉しそうに、そう言った。 「まもなく、東京、東京です」車内のアナウンスが、東京駅への到着を告げた。(完) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(44)

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( 43 へ戻る) 「本当は、もっとゆっくりしていきたかったのですが」オレは奥さんに、名残惜しい気持ちを隠さずに言った。「何しろまた明日、仕事がありまして」 「こちらこそ、おかまいもしませんで、本当に申し訳ありません」奥さんは玄関先で出発しようとしているオレたちに、また深々と頭を下げていた。 「家族旅行、約束だからね」恵美子は奥さんと、指きりをした。「みんなで、行きましょう」 「はい、はい。もちろんですとも」奥さんは恵美子の小指を、しっかりとつかんで嬉しそうに言った。 「じゃあ、失礼いたします」 「また、遊びに来て下さいね」  迎えのタクシーがやってきた。オレたち家族は荷物を積み込んでタクシーに乗り込み、いつまでも手を振る奥さんの姿に向かって、いつまでも手を振り返していた。  ほんの二日間の、短い家族旅行が終わった。  たった二日間の間に、本当にいろんなことがあった。  家族と過ごす時間は、こんなにも濃密だったのか、とオレは改めて気がついた。仕事でつきあう人たちとは比べ物にならないぐらい、深い関係だったんだ、と再認識できただけでも、今回の旅は有意義だったと言えるだろう。  帰りの新幹線の車中、子どもたち二人は疲れてしまったようで、すっかり寝入っていた。オレと聡美は、久しぶりに二人だけの会話を楽しんでいた。 「楽しい旅行でしたね」 「ああ、そうだな」 「お父様とお母様に会えて、ほんとによかった」 「ああ、そうだな」 「あなた、さっきから、『ああ、そうだな』しか言ってないですよ」 「ああ、そうだな」 「ほら、また。ちゃんと聞いてるんですか、人の話を」 「聞いてるさ」オレは聡美の言葉に憤慨するというより、自分のボキャブラリーのなさにイライラとして言った。「本当に、楽しかったよ」  車窓を眺めながら、この二日間に会った人たちの顔を思い浮かべていた。  オヤジもオフクロも、本当に嬉しそうだった。子どもたちもいて、騒々しいのは迷惑じゃないか、と思っていたけれど、むしろその方が刺激があって楽しかったのかもしれないな。  勇作は、本当にいい奥さんをもらったもんだ。よどみなく、あいつのことを愛していた。それがひしひしと伝わってきた。 「帰ったら、兄弟に連絡しなきゃな」 「そうですね。みなさん、どうしていらっしゃるのかしらね」  オヤジに言われた時は、正直なところどうしよう、と思ってい...

小説「味噌汁の味」(43)

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( 42 へ戻る) 「これ、浩輔くんが描いたものだって、勇作さんから聞いていたんです」 「うん、うん」浩輔は、奥さんが持ってきた絵を渡されて、さらに輪をかけて涙があふれてくるのを止められない様子だった。 「あの人、この絵を見るたびに言ってましたよ。『これは、浩輔くんが描いてくれたんだ。よく似てるだろ』って。何度も、何度も」  オレの頭の中にも、当時の記憶が甦ってきた。  浩輔や恵美子と、勇作は旅行のたびに遊んでいた。海に行った時は、一緒になって砂山をつくって、はしゃいでいた。キャンプの時は、いつでも花火に火をつけるのはあいつの役目だった。温泉に行った時も、広い風呂で三人で一緒に泳いで怒られていた。そんな姿を見て、どうして勇作はあんなに子どものようにはしゃげるのだろう、と呆れたように、いや、実はうらやましくて仕方ない気持ちで、オレはいた。  そんなにオレのことが、うらやましかったのか、勇作よ。 「……ありがとうございます」オレは、うまい言葉が思いつかず、振り絞るように奥さんに言った。「大事にします。勇作だと思って」 「はい、こちらこそ」奥さんは、床に頭がつくぐらいに低くお辞儀をしてくれた。 「よしてください、奥様。お礼を言うのは、こっちの方ですから」聡美は、奥さんの体を起こしながら言った。「これからも、おつきあいしていただけます?」 「ありがとうございます」 「そうだ、よかったら今度、家族旅行に一緒に行きませんか?」聡美は努めて明るく言った。「大勢の方が、きっと楽しいですから」 「よろしいんですか」 「もちろんですよ」オレも涙を拭いながら、奥さんに行った。「まだ、予定はないんですけどね」 「いいじゃないの、近いうちに予定をつくれば」 「ああ、そうだな」 「私も行きたい」恵美子も笑顔で、そう言った。  浩輔は、しゃくりあげるのがまだおさまらず、ひたすら首を縦に振っていた。 「よし、じゃあ、帰ったらまた、予定を立てよう」  また、毎年家族旅行に行けるようにしよう。オレは心に誓った。( 44 に続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(42)

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( 41 へ戻る) 「ああ、そうだ」奥さんは思いついたように、立ち上がって言った。「裕輔さんに、ぜひ持って帰ってもらいたいものがあるんです」 「持って帰ってもらいたいもの、ですか」 「ええ、大したものではないんですけど、ちょっとお待ちになっていただけますか」  おそらく、勇作の遺品なのだろう。わざわざオレのために用意していたものがある、とは思えない。オレはそれほど、ヤツにとってなくてはならない存在だったわけではないからだ。 「……お父さんが泣いてるところ、初めて見た」恵美子が、言いにくそうに切り出した。「お父さんも、泣くんだね」 「そりゃ、オレだって泣く時はあるさ」そういえば子どもたちの前で泣いたことは、今までなかったかもしれない。「だけど、強がってたのかもしれないな」 「強がってた?」 「ああ。おまえたちの前で、父親が泣いたりしたらみっともない、って思ってたのかもしれないよ」 「別に、みっともなくなんかねえよ」そういう浩輔は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。 「泣くな、みっともない。男のくせに」オレは思わずオヤジ風を吹かせてしまう。 「いいじゃないの、別に。男とか女とか、関係ないよ」兄をかばう、優しい恵美子である。 「ああ、まあそうだな」 「急に、思い出しちゃったんだよ」浩輔はしゃくりあげながら、必死にしゃべろうとする。「勇作おじさんと、最後に旅行に行った時のこと」 「覚えてるのか、そんなに昔の話を」 「覚えてるよ。オレが小学校に入ったばかりの頃だよ。おじさん、結婚するから一緒に旅行へ行けるのは最後かもしれないって。オレ、なんか寂しくって、泣きまくったこと、覚えてるよ」  そうだった。オレもかすかに、思い出してきた。駅で勇作との別れ際に、浩輔は勇作に抱きついて泣きじゃくっていたのだ。きっと浩輔にとっては、小さい頃の鮮烈な記憶だったに違いない。 「お待たせしました。これなんですけどね」  奥さんが隣りの部屋から持ってきたものは、確かに勇作の遺品だった。それは、浩輔が描いた、勇作の絵だった。( 43 に続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(41)

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( 40 へ戻る) 「え、そうなんですか」オレは驚いて、思わず大きな声を出してしまった。 「ええ、そうなんですよ。子どももいます。もう自立していますけど」 「はああ」感心したため息は、オレの家族四人全員による合唱になっていた。 「でも、勇作さんはそれを承知で、結婚してくれたんです」奥さんは勇作の遺影を振り返る。「短い間でしたけど、私はとても幸せでした。勇作さんは、どうだったかはわかりませんが……」 「いや、きっと幸せだったと思いますよ」オレの言葉に、根拠はない。 「勇作さんは、ずっと言ってました。裕輔さんが、うらやましいって」 「え」オレはまた、驚いて大きな声で答えてしまった。「勇作が、そんなこと言ってたんですか」 「よく、家族旅行にご一緒してたんですよね」 「ええ、まあ」 「奥様がいらして、お子さんがいらして、うらやましかったみたいですよ。楽しそうだなあ、って」  勇作がそんなことを思っていたなんて、オレは考えてもいなかった。むしろ勇作は、うちの子どもたちと遊ぶのが楽しくて、旅行に来ているのだとばかり思っていたからだ。 「そうだったんですか。でも確かに、いつも楽しそうでしたよ、勇作さん」聡美も笑顔で、奥さんの言葉に答えた。 「うん、お父さんより、たくさん遊んでくれましたよ」恵美子も、オレのことなんかそっちのけで、会話に参加する。 「プールで飛び込み、教わりましたよ。小学生の頃」浩輔も、懐かしそうに言う。 「そうですか、そうですか」浩輔と恵美子の言葉に、奥さんはにこにこ、とうなずいていた。「そんなふうに、喜ばせてあげたかったですねえ」  勇作、おまえ、死ぬにはまだ早すぎたんだよ。オレは思わず、ヤツの遺影に向かって毒づいていた。同時に、頬を涙がつたっていた。( 42 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(40)

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( 39 へ戻る) 「驚いちゃいますよね」奥さんは、エプロンで自分の笑いを隠しながら言う。「聞きましたよ、結婚相談所への登録、裕輔さんがお薦めになったんですよね」 「ああ、はい。そうです」  間違いなかった。何年か前、そう、あれは勇作がオレたち家族との旅行に行かなくなってから何年かした時のことだ。仕事が忙しいから、となかなか結婚しようとしない勇作に、オレが言ったのだ。 「もういい年なんだから、結婚したらどうだ。家族を持つと、仕事の張りも全然違うぞ」  そんなことを言いながら、おまえが言うな、と心の中で自分に突っ込みを入れていた覚えがある。自分の仕事ぶりを振り返ってみて、「家族がいるから」とがんばった瞬間が、どれぐらいあったというのか。自嘲気味な気分で、勇作には冗談めかして言ったつもりだった。 「したくても、相手がいないから」と答えた勇作に、「相手がいないなら、結婚相談所に登録してみろよ」とオレは言った。本気で勇作を心配しているのだったら、オレが紹介してやる、と言っていたかもしれない。オレは勇作には結婚する気がない、と思い込んでいたし、もし本気で心配していたとしても、オレには勇作に紹介できる独身女性の知人は皆無に等しかった。  いや、それも言い訳にすぎないような、気もする。勇作の人生が、自分のせいで変わっていくことに、責任を持ちたくなかったのかもしれない。 「あなた、そんなこと言ったの」聡美が、意外そうにオレに聞く。「珍しく、気のきいたことを言ったのね」 「え、そうか」聡美の言葉の方が、オレには意外だった。 「だって、こんないい奥さんを紹介していただいたんでしょ、その相談所に」 「いい妻かどうかは、わかりませんよ」奥さんは、また申し訳なさそうに言う。「だって私、バツイチですもの」( 41 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(39)

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( 38 へ戻る)  オレは、不義理なヤツだ。  つくづく、そう思う。勇作には、たくさんの知人・友人がいる。そういえば、遅ればせながらの結婚式も、何百人という出席者がいた。どこからこんなに人が集まってくるんだろう、と思った覚えがある。来賓の挨拶だけで、賞味三時間。披露宴の所要時間は、合計六時間。奥さんもよく承知したもんだ、こんな名古屋流ベタベタの結婚式を、とも思った。そんな周りが勝手に盛り上がる喧騒を、勇作も、そして奥さんも、笑顔で眺めていた。心から、楽しんでいる様子だったのだ。  もしかしたら、勇作の葬式に行こうとしなかったのも、実は勇作に嫉妬心を感じていたからではあるまいか。そんな思いが、オレの頭の中をよぎった。 「本当に遠いところ、ありがとうございます」奥さんは、しずしずとちゃぶ台にお茶を並べてくれる。 「そんな、お気を使わずに」 「いえいえ、大したおもてなしもできなくて、申し訳ありません」  通り一遍の受け答えをして、会話がなくなる。オレの気持ちを知ってか知らずか、聡美も浩輔も恵美子も、出されたお茶をおいしそうに音をたてながら飲んでいる。 「結局、お子さんはつくらずじまい、ですか」いきなりだが、オレは奥さんに聞いてみたかったことを口にした。 「ええ、そうですね。残念ながら」優しい笑みを浮かべながら、奥さんはオレの不躾な質問に答えてくれる。「でも、こんなに大きなおうちを残してくれましたから」 「勇作とは、どこでお知りあいになったんですか」 「お聞きになりたいですか」奥さんは含み笑いをしながら、オレをいたずらっぽい目で見つめる。「結婚相談所なんですよ」 「えっ」オレは思わず、息を飲んでしまった。( 40 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(38)

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( 37 へ戻る) 「こちらこそ、ごぶさたして申し訳ありません」奥さんは本当に申し訳なさそうに言う。「さ、どうぞ。上がって下さい」 「はい、失礼します」オレは家族に上がらせてもらうよう促しながら、奥さんに答える。「あの、勇作は、どちらに」 「こちらの、和室に」奥さんは、玄関を上がったすぐの部屋を案内してくれた。  部屋に入るとすぐ、勇作の遺影が飾られた仏壇があった。遺影の前には、りんごやバナナやメロンなどの果物、それに全国各地から集められたかのような菓子折りの数々が所狭しと並んでいた。 「すげえ、いっぱいだ」浩輔は夥しいお供え物の数に驚いて、言った。 「ほんとだ。お供え物だらけ」恵美子も、目を丸くしながら言った。「これって、みんなもらい物なのかな」 「たぶん、そうでしょ」聡美は穏やかに笑いながら、答えた。「勇作さんは、人気者だったから」  オレは線香に火を灯し、ちーん、と鐘を鳴らしながら、仏壇に向かって手を合わせる。ほんと、おまえらしい仏壇だよ。挨拶が遅くなって、すまなかったな。葬式に顔も出せなくて、悪かったよ。だけどいっぱいの人が、おまえのことを見送ってくれたんだろ。別にオレ一人ぐらい、いなくたって寂しくも何ともなかったよな。 「あなた、いつまで拝んでるの」  聡美に声をかけられて振り向くと、オレの後ろに聡美と浩輔と恵美子が線香を上げる順番待ちで並んでいた。 「え、そんなにオレ、拝んでたか」 「一分ぐらい、ずっと拝んでたよ」恵美子がくすくす、と笑いながらオレに言う。 「言いたいことがたくさんあったのよね、勇作さんに」聡美がフォローを入れてくれる。「ね、お父さん」 「あ、ああ」オレは、卑屈な気分で拝んでいた自分が、少し恥ずかしくなった。( 39 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(37)

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( 36 へ戻る) 「そんなに、盛大だったんですか」オレは思わず、率直に運転手さんに聞いてみた。 「ええ、ええ。それはもう、どえらい盛大だったでね」運転手さんは思い出しながら、言った。「ずいぶん、たくさんの人が集まられたみたいですよ。はっきり覚えとりますわ」 「へえ、勇作おじさん、有名人なんだ」浩輔は感心したように、言った。 「オレだったら、そうはいかないだろうなあ」オレは心に思ったことが、知らぬ間に口から出ていた。 「縁起でもないこと、言わないで下さいよ」聡美はオレをひじでつつきながら、言った。 「ああ、すまんすまん」  確かに勇作は、敵をつくらない男だった。  学生の頃、そんな勇作の態度が鼻について仕方なかった時があった。誰にでも好かれるように振る舞っている、という印象を受けたのだ。その時オレは、はっきり勇作に言った覚えがある。でも勇作は、そんなことはないよ、と繰り返すばかりだった。  本当にそんなことはないんだ、と気づいたのはオレと聡美の結婚を心の底から喜んでくれた時だった。 「だけど、勇作さんらしいわね」聡美は感慨深げだった。 「ああ、そうだな」オレも当時を思い出しながら、聡美に同意した。「あいつらしいよ」 ほどなく、タクシーは勇作の家に着いた。  勇作の家も、オレの実家に負けず劣らず、デカかった。勇作は、長男だった。結婚して、そのまま親の持ち物だった家を、相続したのだ。 「ごめんください」オレは玄関の引き戸を開けて、中に声をかけてみた。 「ああ、いらっしゃいませ」勇作の奥さんは、エプロン姿のままオレたちを出迎えてくれた。「遠いところを、わざわざすいません」 「ごぶさたしております」オレは少し白髪の増えた勇作の奥さんを見て、言葉を失ってしまった。「本当に、ごぶさたしております」( 38 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(36)

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( 35 へ戻る)  普通電車は、各駅に止まる。  次々と、駅に止まっていく。どの駅名も、覚えがある名前ばかりだ。だけど駅前の風景は、どこも変わってしまっている。駅の看板も、当時は筆で書いたようなものだったのが、内側から蛍光灯で明るく見せるものに変わっている。  恵美子と浩輔は、まるで子どもに帰ったように、窓の外を珍しそうに眺めている。  勇作は、もういないんだ。  勇作の家のある駅に近づくにしたがって、だんだんその思いがリアルになってくる。 「よし、ここだ。着いたぞ。降りるぞ」オレは家族を促した。 「え、ここなの?」恵美子は驚いたように、慌てて荷物をかつぎ出した。「だったら早く言ってよねー」 「あれ、言ってなかったっけ」 「言ってなかったですよ」聡美も慌ててホームに降り立って言う。  そうか、そんなにオレは考え込んでいたんだ。 「いや、すまんすまん。すっかりここで降りるって、言ってあったと思ったよ」 「頼むぜ、オヤジ」閉まるドアに挟まりそうになった浩輔は、真剣に言っていた。 「ああ、悪い悪い」  勇作の家を訪ねるのは、数年ぶりになるだろうか。駅前のタクシー乗り場も、ずいぶんきれいになっていた。  運転手さんに頼んでトランクを開けてもらい、家族四人分の荷物を積み込んでいく。 「ご親戚のとこに、行かれるんですかね」車を発車させながら、運転手さんはオレたちに話しかけてくる。 「いや、大学時代からの友人の家に、訪ねていくところです」助手席に乗った俺は、質問に答える。「つい最近、亡くなったんですがね」 「ああ、そうですかね」運転手さんはそう言いながら、少し考えるように言った。「もしかしてその方、高杉勇作さんじゃないですかね」 「えっ、ご存知なんですか」 「ああ、知っとりますがね。ずいぶん盛大なお葬式でしたよ。ウチのタクシーをたくさん使っていただきましてねえ、参列された方たちの、お迎えとかお見送りで」( 37 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(35)

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( 34 へ戻る) 「何言ってんだよ、いきなり」浩輔は、あまりの突然の質問に驚いているようだ。「悲しいも何も、なあ」 「う、うん」恵美子も、動揺している様子だ。「ほんとにどうしたの、お父さん」 「いや、実は」 「お待たせしました、着きましたよ」タクシーの運転手が、陽気に話しかけてくる。  気がついたら、もうすでに名鉄線の駅だった。またもやオレは、核心部分を話せずにいた。  駅のホームに着いても、やはりオレは考え事にふけっていた。あの家を、どうしたもんだろうか。別にオレは、金のことはどうでもいい。相続税がどうしたとか、財産だとか、そんな考えは毛頭なかった。それよりも、オヤジが相続の相手としてオレを選んだということに、兄弟姉妹がどんな反応を示すだろう、ということばかりを頭の中で巡らせていた。 「ねえ、さっきの話の続きなんだけど」どうやら恵美子は、オレの質問が気になっていたらしい。「なんで急に『死んだら』なんて言ってたの?」 「ああ、うん」  特急電車が、駅を通過して走っていく。ものすごい、スピードだった。 「単純に、聞いてみたかったんだよ」 「そんなの、悲しいに決まってるじゃない」恵美子は、まっすぐオレの目を見て言った。「ねえ?」 「う、うん」反対に浩輔は、オレから目を逸らして言った。「どっか、具合でも悪いのかよ」 「いやあ、そんなことはないけどな」オレは二人に、笑顔で答える。「心配、してくれるんだ」 「当たり前だろ、家族なんだから」 「おまえ、たまにはいいこと言うなあ」オレは浩輔の頭を、ぽんぽん、と叩いてみた。 「やめてくれよ。髪が乱れるだろ」 「そうだよな。家族だもんな」 「そうですよ。家族ですもん」  普通電車が、駅に到着した。ここから勇作の家までは、普通電車で約20分。さほど遠くはなかった。(36へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(34)

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( 33 へ続く)  オレの兄弟は、弟が二人に、妹が三人だ。  二人の弟は、オレがこの家を出ていった後、やはり東京の大学に入学して、家を出ていった。そのまま東京で就職し、結婚した。  三人の妹のうち、二人はやはり同じように東京へ行って、そのまま結婚した。一人は、名古屋で結婚して、生活している。  しかし、ここ十数年のうちに兄弟が全員顔を揃えたことは、ほとんどなかった。最後に会ったのは、オヤジの定年退職祝いで集まった時ぐらいだった。  そういえばその時も、この家の話になっていた。  オヤジとオフクロが席をはずした時、一番上の妹が口火を切って話していた。 「ウチは東京だし、お父さんとお母さんの面倒は見られないわよ。この家だって、別にいらないわ。相続税とかかかるだろうし、だいたい管理なんてできゃしないし。そうだ、静香がもらえばいいのよ」  静香というのは、一番下の妹である。末っ子ということで、オヤジとオフクロからは可愛がられもしていたが、ほとんどしゃべらない無口な娘だった。その時も、姉から話を振られて苦笑いをしながら、 「そんな、まだ先のことだから」 と、答えていたのを覚えている。  一度、兄弟みんなで集まる機会を設けなくてはなるまい。 「お父さん、お父さんってば」 「ん? 何だ?」 「何だ、じゃないわよ。さっきから話しかけてるのに、無視しちゃってさ」  実家を出て、駅まで向かうタクシーの中、オレはずっとボーッとしていたようで、恵美子が話しかける声すら聞こえてこなかったようだ。 「いや、無視なんかしてないよ」 「お父さん、おかしいよ。おじいちゃんちから出てきてから」 「ああ、そうか。そうかなあ」 「どうかしたのかよ、オヤジ」口は相変わらず悪いが、浩輔も心配そうだ。 「お父さんはね、ちょっと考え事してたのよ」聡美がうまく、助け舟を入れてくれる。 「何よ、考え事って」 「なあ、浩輔、恵美子」オレは思い切って、話してみようと思った。「オレが死んだら、悲しいか」( 35 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(33)

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( 32 へ戻る) 「ごちそうさま」揃って大きな声を出して勢いよく立ち上がったのは、浩輔と恵美子だ。東京で暮らしている時には、聞いたこともないような元気さに、オレは驚いてしまった。 「出かける準備、しなさいよ」聡美は二人に、優しく声をかける。「九時には、出かけるからね」 「はあい」二人の姿はすでに食卓にはなく、声がしたのはゆうべ二人が寝かせてもらった部屋の方からだった。 「裕輔」箸を止めて、オヤジは重々しくオレに声をかける。「朝からする話じゃないかもしれんがな」 「何です」 「わしが死んだら、この家、おまえにやろうと思っとるんだ」  あまりに急な話に、オレはメシを喉に詰まらせそうになった。 「お父様、そんな突然」台所に向かっていた聡美も、驚いて振り返った。 「いや、その方がいいて」オヤジはうなづきながら、言う。「なあ」 「実はな、あんたらが来る前に、そういう話をしとったんだわ」オフクロも、オレと聡美の顔を交互に見比べながら語り始めた。「お父さんも、わたしも、そんなに先は長くないでね」 「いや、ちょっと待って下さいよ」お茶を飲んでようやく落ち着いたオレが言う。「いきなり僕たちに、と言われても、兄弟もいるじゃないですか」 「まあ、そうなんだが」そう言ってオヤジは、オレの方をきっ、と睨みつけるように振り返った。「あんたは、長男だでね」 「そんな、長男だからって」 「あんたの兄弟とは、みんなすっかり没交渉だわ。独立していったのはいいが、何の連絡もよこさへん」オヤジの目は、寂しさを漂わせてきた。「会いに来てくれたのは、あんたらがほんと久しぶりだったんだわ」 「でも、弟や妹とも話し合わないと」オレの頭には、久方会っていない兄弟の顔が、当時のまま浮かんでくる。 「確かにそうだけども、わしの気持ちは、おまえらに譲りたい、ということだわ」オヤジの意志は、固いようだ。「話し合いは、してくれて構わんよ。だけども、わしの気持ちは尊重してくれや」 「ええ、まあ、はい」帰りがけに、えらく大きな宿題を与えられてしまった。オレは正直、頭を抱えたい気分だった。( 34 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(32)

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( 31 へ戻る) 「おじいちゃん、心配しないで。また遊びに来るからさ」恵美子の言葉に、ウソはない。 「ほうかね。じいちゃんに会いに来てくれるかね」 「うん、もちろん。ね?」 「ん、うん、もちろん」メシに夢中になっていた浩輔が、いきなり話を振られて慌てて応える。 「浩輔は、じいちゃんより、メシの方がいいか」オヤジは腹の底から笑いながら、浩輔をぱん、ぱん、と叩いてみる。 「そんなこと、ないよ」浩輔はオヤジに叩かれて、喉にメシが詰まりかけたのか、思い切りむせている。「今度はいつ、名古屋に来れるのかな」 「そうだなあ」話の矛先がオレに振られて、オレも少し慌ててしまう。「今度は夏休みにでも、来ようか」 「そうか、夏休みか。じゃあそれまで、長生きするかな」 「そんなこと言わずに、もっと長生きして下さいよ」オレも笑いながら応えてはいたが、かなり本気で言っていた。 「これ、どうかな」聡美はさいばしの先でねばる、例の味噌ソースをオレの方に差し出してきた。 「うん、これはいける」オレは正直に応えた。ほんとに、うまかったのである。 「ほんとに? よかったあ」聡美はさらに、嬉しそうに言った。 「オレにも食べさせてよ」「あたしも」浩輔と聡美も、台所に立つ聡美の隣りに立ってせがんでいる。「おいしい」「ほんとだ」  今回の家族旅行の目的の一つが、これで達成できた。台所に並ぶ聡美と浩輔と恵美子を眺めながら、そう思った。  勝手口では、例の猫が味噌汁にごはんを混ぜた、「猫まんま」をうまそうに食べていた。これもきっと、聡美がつくった味噌汁に違いない。( 33 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(31)

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( 30 へ戻る) 「はあい」浩輔と恵美子は、オフクロの呼ぶ声にすかさず反応して、家までを競争して走っていく。ほんとに無邪気だなあ、と思いながら、オレは改めて振り返る。ここ最近、子どもの姿をしっかりと見つめていなかったんだなあ、と。  バケツの中の、井戸水を見つめる。この井戸は、オレのオヤジが小さい頃から、枯れずに今まで水を噴き出している。いつまでも、変わらずに。果たして、オレはどうなんだろうか。変わらずに水を噴き出せる力を、今でも持ち続けているのだろうか。 「裕輔、はよ来なさいよ。味噌汁、冷めてまうで」オフクロの声が、響いてくる。 「はいよ、今行くから」オレも大きな声で応える。久しぶりに、腹の底から声を出した気がした。  食卓に来てみると、オヤジは元気にメシをかきこんでいた。メシと一緒に、味噌汁も。 「うまいで、味噌汁。あんたも食ってみやあ」  オヤジに勧められて、オレも味噌汁をかきこんでみる。確かにうまい。 「ほんとに、聡美がつくったのか」オレはまじまじと、聡美の顔を見つめて言う。 「そうよ。そんなに信じられない?」 「いや、だって一日でつくれるようになるもんなのかなあ、って」 「おいしいよ、お母さん」恵美子も嬉しそうに笑いながら、聡美に声をかけてくる。「これなら毎日でも、食べられそう」 「そう? それならよかった」聡美も、ほんとうに嬉しそうだ。「でも、東京だと高いのよね、赤だしのお味噌」 「ほんなら、こっちから送ったげるがね」オフクロも、気分良さそうに提案する。「こっちだったら、安いもんだでね」 「そうですか? そうしていただけると、ありがたいですわ」 「そうだ、あれも教えてもらえよ。あの、とんかつにかける」 「ああ、味噌ソース?」 「何だね、味噌ソースって」 「あれだよ、ほら、味噌かつにかける、どろどろの」 「ああ、あんなもんなら簡単だがね。味噌にみりんと砂糖をたっぷり入れて、煮詰めるだけだでね」 「そのみりんと砂糖の加減が、今一つわからないんですよ」 「ほんなら教えてあげるがね」  オフクロと聡美は、再び台所に向かって味噌ソースをつくり始めた。 「あいつも、ずいぶん楽しそうだわ」オヤジは口をもごもごさせながら、そう言った。「ちょっと張りが出てきたんだろな」 「そうですかね」オレももごもごさせながら、そう応えた。 「何時頃、出かけるんだね」 「そうですね、食...

小説「味噌汁の味」(30)

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( 29 へ戻る) 「お父さんは、もう起きてるんですか」 「ああ、もうとっくに。散歩に出かけなすったよ。年寄りの朝は、早いでねえ」 「そうですか。元気ですねえ」 「それだけがとりえだでねえ。ほれ、あんたも顔洗ってらっしゃい」オフクロは、いつまでもオフクロのようである。  庭に出ると、浩輔と恵美子が井戸水で顔を洗っていた。 「ちょっと、もう少し静かに洗ってよ」 「何だよ、別に普通に洗ってるだけだろ」 「思い切りこっちに水がかかってるわよ。服が濡れちゃうでしょ」 「大丈夫だよ、少しぐらい」 「気をつけてよね、着替え、これしかないんだから」 「じゃあ脱いでおけばいいだろ」 「何言ってんのよ、スケベ!」  ケンカしているようで、実はそうでもない。何となく、二人が小さい頃の姿が、オレの頭に浮かんできた。 「あ、お父さん。ちょっと来てよ。お兄ちゃん、わざと水かけてくるのよ」 「何だよ、言いつけんなよなあ」 「まあまあ、そうケンカするな」久しぶりにオレは、お父さんになった気分である。「それより、井戸水は冷たいだろ」 「うん、冷たい。気持ちいい」 「オヤジも汲んでやろうか」 「ああ、頼むよ」  浩輔が、井戸の取っ手を上下して、水があふれてくる。その水を、オレは両手で受け止め、顔を洗う。わずかに口の中へ流れ込んでくる水の味が、今度はオレ自身の子どもの頃を思い出させてくれる。 「毎朝、この井戸水で顔を洗ってたなあ」 「へえ、そうなんだ」 「お父さんが子どもの頃?」 「そうそう。おまえたちぐらいになる頃まで、ずっと洗ってたよ」 「すげえなあ。じゃあこの井戸、オヤジが小さい頃からあるってことだよな?」 「ああ。もっと昔からあったらしいぞ」 「じいちゃんが小さい頃もあったのかな」 「あったみたいだぞ。ウチはずっと、ここに住んでるからな」 「じゃあ、親子三代が、この井戸水で顔を洗ったってことになるのね」 「ああ、そうだ。そういうことだ」 「なんか、嬉しい」 「うん、なんか」 「そうだな。父さんも、嬉しいよ」  三人が変わりばんこにタオルで拭いていると、例によってデカいオフクロの声が響いてきた。 「ごはんだでー。じいさんも帰ってきたからー」( 31 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ...

小説「味噌汁の味」(29)

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( 28 へ戻る)  一夜が明けた。  朝、目が覚めると、横に寝ていたはずの聡美の姿はなかった。台所から、まな板をとん、とん、と鳴らす音が聞こえてくる。東京の自宅にいる時でも、同じように聞こえてきたような気はする。だけど何となく、いつもと違う音に聞こえてくるのは、寝起きした場所が違うから、という理由だけではないように思えた。  顔を洗いに、洗面所へ向かう。実家のつくりは、洗面所に向かおうとしたら必ず台所を通ることになる。 「あら、おはよう」みし、みし、というオレの足音に気づいたようで、聡美はオレに声をかけてくる。 「ああ、おはよう」台所を振り返ると、聡美とオフクロが仲良さそうに、朝食の準備をしている。台所の横にある勝手口では、猫も一緒に朝食を取っていた。 「あれ、まだその猫いたの」オレが実家にいた頃も、確か同じ光景を見ていた記憶があった。 「そんなわけないがね。とっくの昔に死んだわ、あの猫ちゃんは」オフクロは相変わらず、朝から声がデカイ。「そうだわね、確かにいつも、どこかの猫が必ず家に入ってきとるわね」 「野良猫かな」 「たぶんそうだで。この猫で何匹目かね。名前もつけとらんのだけど」  オフクロはいつも、家に入ってくる猫を、「猫、猫」と呼んでいた。確かオレが見ていた猫も、そうだったと思う。家に来る猫たちは、いつになっても、たとえその猫が違う猫になったとしても、「猫、猫」と呼ばれ続けるのだろう。 「おはよう」「おはよう」浩輔と恵美子も、起きてきた。「なんかいいにおい」 「今日はね、朝のお味噌汁、赤だしよ」聡美は得意そうに、子どもたちに笑いかける。「お父さんがいつも食べたがってた、赤だしのお味噌汁。昨夜つくってみて、お父様にもお母様にもお墨付きをいただいたのよ」 「へえ、そうなんだ」浩輔が珍しそうにお椀を覗き込み、その勢いで味噌汁をすすり出した。「あ、うめえ」 「いじきたないぞ、おまえ」オレは浩輔の後ろ頭を、いつものようにひっぱたく。「顔を洗ってからにしろ」 「いてえなあ、わかったよもう」 「そうだ、庭の井戸水で、顔洗うとええわ」 「え、井戸なんて、あるんですか」恵美子は小さい子どものように、嬉しそうな表情で振り返る。 「田舎だでねえ。でも東京にはあれへんでしょ、井戸なんて」  浩輔と恵美子は、われ先にと庭へ駆け出していった。田舎の生活も、悪くないかもしれない。そんな気...

小説「味噌汁の味」(28)

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( 27 へ戻る) 「おお、味噌汁か」オヤジは嬉しそうに、聡美からお椀を受け取る。「あんたがつくったんかね」 「ええ、お母様に教わりながら」聡美も嬉しそうだ。「おいしいかどうか、わからないですけど」 「どれどれ」オヤジはさっそく、味噌汁をすする。「うまいがね。ほれ、あんたも食べなされ」 「あ、はい」オレも聡美から、お椀を受け取る。 「前につくった時よりは、おいしいと思うけど」聡美は少し伏せ目がちに、オレにお椀を渡す。 「うん、ありがとう」  聡美がつくった赤だしの味噌汁を飲むのは、いつ以来だろうか。確か、結婚してすぐの頃は、聡美も気を使ってつくってくれたような気がする。しかし正直なところ、あまりうまくはなかった。直接そんな表現をしたわけではないのだが、聡美は敏感にオレの反応を感じていたようである。だからちょっと、自信なさげなんだろう。  オレも味噌汁をすすってみる。うまい。これはまさに、名古屋に住んでいた頃に食べた、味噌汁だった。 「うん、うまい」 「ほんとに?」 「ほんとだよ。お世辞抜きに、うまい」  聡美は安堵の表情を浮かべ、ほっとした様子だ。 「どうかね、聡美さんのお味噌汁は」やはり豪快な大声で現れたのは、オフクロだ。「お出汁にちゃんとにぼしを使うと、コクが出てくるんだわ。それを聡美さんに教えてあげたんだわ」 「ちょっとしたことなんだけど、やっぱり手間をかけてあげれば、味が違うんですね」聡美は心から感心したように言う。「私も自分で味見したけど、これなら私もおいしいと思ったもの」 「うん、うまい。うまいよ」オレは他に言葉が見つからなかった。  やっと、名古屋が近づいた。オレの頭の中には、そんな思いが噴き上がってきていた。( 29 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。

小説「味噌汁の味」(27)

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( 26 へ続く) 「その、好きだった人って、今はどうされているんですか」正直、オレは好奇心いっぱいでオヤジに聞いてみた。 「もう、亡くなったわ」オヤジはひとつ、ため息をついて縁側の方に目を移す。「わしが結婚を決めた翌年に、肺を患ってな」 「え、そんな早くに亡くなられたんですか」 「ああ。もう昔のことだから、よう覚えとらんわ」笑いながら言うオヤジの目が、少し寂しげに見えたのは気のせいではあるまい。 「その方のことは、オフクロは知ってるんですか」 「知っとるよ、そりゃあ。夫婦の間には、隠し事なんてしない主義だでね」今度はいたずらっぽく笑いながら、オヤジはオレの方に向き直る。「あんたはどうだね。大丈夫かね」 「だ、大丈夫ですよ」急に振られたオレは、どぎまぎしながら答えてしまう。別に何も後ろめたいことはないのに。「隠し事なんて、ないですよ」 「ほんならええわ」オヤジはオレに徳利を差し出しながら言う。「どうだ、飲むか」 「はい、ありがとうございます」オレは少し緊張しながら、オヤジの酌を受けてみる。「今になってみれば結婚してよかった、っておっしゃいましたよね」 「ああ、言ったな」 「今になる前は、そうでもなかったんですか」 「おまえも変わっとらんな」今度は苦笑いを見せるオヤジ。「会社で嫌われ者になっとらんか、ん?」 「なってないですよ」確かにオレの物言いは、どこか人の揚げ足を取るようなところがある。それは子どもの頃から変わっていない。 「たくさんの子どもたちに恵まれて、しかも今じゃ孫までいて、幸せな結婚だったと言えなかったらバチが当たるて」  オヤジもやっぱり、年を取ったのだろうか。子どもがいて幸せだった、なんて今まで聞いたことは一度もない。教員としてひたすらに働いて、戦争を経て価値観が大きく変わった時代を過ごして、校長まで登りつめたオヤジである。教え子のことになると必死だが、自分の子どものことなんて気にもかけていないように感じた記憶がある。 「お待たせしましたー」聡美が大事そうにお盆を抱えて入ってきた。「お味噌汁、できましたよ」( 28 へ続く) 人気blogランキングへ  ← ワンクリックお願いします。  ← こちらもぜひ。