【雑感】求人広告制作歴16年ほどのおっさんの叫び。

ゆでたまごのすけでございます。

なんかFacebookを見ていたら、
紀里谷和明さんが自身を撮影される際に、
カメラマンがカメラマンの仕事をしていない、
と感じる旨のコメントを投稿されていました。

撮影した写真を、デジタルカメラから取り込み、
その場でみんなで確認して、
みんながオッケーを出したもので撮影完了、
となるのに憤りを感じられて、
「君が撮りたいものを撮れよ、ケーブルなんかつながずに」
とおっしゃられた、とのことでした。

なるほどねえ。うん、よくわかる。

なんかね、そこにいるプロに、
プロの仕事をさせない人たちっているんですよね。
みんながそれで幸せになるように、
まわりの人たちは配慮して、
可もなく不可もない仕事をすることで、
みんなにそれぞれギャラが支払われる、
となるからそれでいいじゃない、
という人もいるのはわかりますが、
そういう人たちは結局、
プロをプロとしてうまく使えてない、
ってことに気づかないわけです、はい。

紀里谷さんも、その情景を称して、
「学芸会」と書かれていましたが、
言い得て妙ですね、その表現。

私も求人広告をつくってもう長いので、
「こうすれば応募者が増える」的な、
手法論もいろいろあるのは百も承知です。
しかしながら、そういう手法がみんなに知られれば、
みんな同じことし始めるわけですよ。
そうしたら、その求人広告を見る人たちはどう思うか。
「どれも一緒じゃん」となって、
一番最初にその手法を使った人や企業以外、
応募者が増えるなんてことにはならなくなるわけです。

つくり手が、取材して、その企業をどう感じるか。
そのフィルターを通した結果、
こういう原稿になる、というのを提示しない限り、
求人広告を見る人たちに新しい気づきなんて、
与えられないと私は思っておりますがね。
そしてこのスタンスは、
誰に何を言われようと変えないつもりですよ。はい。

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