小説「味噌汁の味」(31)

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「はあい」浩輔と恵美子は、オフクロの呼ぶ声にすかさず反応して、家までを競争して走っていく。ほんとに無邪気だなあ、と思いながら、オレは改めて振り返る。ここ最近、子どもの姿をしっかりと見つめていなかったんだなあ、と。
 バケツの中の、井戸水を見つめる。この井戸は、オレのオヤジが小さい頃から、枯れずに今まで水を噴き出している。いつまでも、変わらずに。果たして、オレはどうなんだろうか。変わらずに水を噴き出せる力を、今でも持ち続けているのだろうか。
「裕輔、はよ来なさいよ。味噌汁、冷めてまうで」オフクロの声が、響いてくる。
「はいよ、今行くから」オレも大きな声で応える。久しぶりに、腹の底から声を出した気がした。
 食卓に来てみると、オヤジは元気にメシをかきこんでいた。メシと一緒に、味噌汁も。
「うまいで、味噌汁。あんたも食ってみやあ」
 オヤジに勧められて、オレも味噌汁をかきこんでみる。確かにうまい。
「ほんとに、聡美がつくったのか」オレはまじまじと、聡美の顔を見つめて言う。
「そうよ。そんなに信じられない?」
「いや、だって一日でつくれるようになるもんなのかなあ、って」
「おいしいよ、お母さん」恵美子も嬉しそうに笑いながら、聡美に声をかけてくる。「これなら毎日でも、食べられそう」
「そう? それならよかった」聡美も、ほんとうに嬉しそうだ。「でも、東京だと高いのよね、赤だしのお味噌」
「ほんなら、こっちから送ったげるがね」オフクロも、気分良さそうに提案する。「こっちだったら、安いもんだでね」
「そうですか? そうしていただけると、ありがたいですわ」
「そうだ、あれも教えてもらえよ。あの、とんかつにかける」
「ああ、味噌ソース?」
「何だね、味噌ソースって」
「あれだよ、ほら、味噌かつにかける、どろどろの」
「ああ、あんなもんなら簡単だがね。味噌にみりんと砂糖をたっぷり入れて、煮詰めるだけだでね」
「そのみりんと砂糖の加減が、今一つわからないんですよ」
「ほんなら教えてあげるがね」
 オフクロと聡美は、再び台所に向かって味噌ソースをつくり始めた。
「あいつも、ずいぶん楽しそうだわ」オヤジは口をもごもごさせながら、そう言った。「ちょっと張りが出てきたんだろな」
「そうですかね」オレももごもごさせながら、そう応えた。
「何時頃、出かけるんだね」
「そうですね、食事が終わって、少ししたら、ですかね」
「そうかね。そしたら、もうすぐだわね」オヤジは、少し寂しそうに笑っていた。(32へ続く)

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