小説「味噌汁の味」(33)

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「ごちそうさま」揃って大きな声を出して勢いよく立ち上がったのは、浩輔と恵美子だ。東京で暮らしている時には、聞いたこともないような元気さに、オレは驚いてしまった。
「出かける準備、しなさいよ」聡美は二人に、優しく声をかける。「九時には、出かけるからね」
「はあい」二人の姿はすでに食卓にはなく、声がしたのはゆうべ二人が寝かせてもらった部屋の方からだった。
「裕輔」箸を止めて、オヤジは重々しくオレに声をかける。「朝からする話じゃないかもしれんがな」
「何です」
「わしが死んだら、この家、おまえにやろうと思っとるんだ」
 あまりに急な話に、オレはメシを喉に詰まらせそうになった。
「お父様、そんな突然」台所に向かっていた聡美も、驚いて振り返った。
「いや、その方がいいて」オヤジはうなづきながら、言う。「なあ」
「実はな、あんたらが来る前に、そういう話をしとったんだわ」オフクロも、オレと聡美の顔を交互に見比べながら語り始めた。「お父さんも、わたしも、そんなに先は長くないでね」
「いや、ちょっと待って下さいよ」お茶を飲んでようやく落ち着いたオレが言う。「いきなり僕たちに、と言われても、兄弟もいるじゃないですか」
「まあ、そうなんだが」そう言ってオヤジは、オレの方をきっ、と睨みつけるように振り返った。「あんたは、長男だでね」
「そんな、長男だからって」
「あんたの兄弟とは、みんなすっかり没交渉だわ。独立していったのはいいが、何の連絡もよこさへん」オヤジの目は、寂しさを漂わせてきた。「会いに来てくれたのは、あんたらがほんと久しぶりだったんだわ」
「でも、弟や妹とも話し合わないと」オレの頭には、久方会っていない兄弟の顔が、当時のまま浮かんでくる。
「確かにそうだけども、わしの気持ちは、おまえらに譲りたい、ということだわ」オヤジの意志は、固いようだ。「話し合いは、してくれて構わんよ。だけども、わしの気持ちは尊重してくれや」
「ええ、まあ、はい」帰りがけに、えらく大きな宿題を与えられてしまった。オレは正直、頭を抱えたい気分だった。(34へ続く)

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