【雑感】「裏」を取れば、視野が広がる。

ゆでたまごのすけです。

なんだか巷では女優さんの奥様がユーチューバー的に俳優のご主人の不倫なぞを告発してみたり、はたまた世界に名を馳せた名優が不倫報道に対する釈明の記者会見を開いたりと、ずいぶんザワザワしております。それを受けて、テレビや雑誌などは後追い報道が過熱していたり、コメンテーターという不思議な肩書きをお持ちの方々がしたり顔で論評してみたり、中には企業のリスクマネジメントのコンサルタントと思しき方が「これは結局、大手芸能プロダクションのリスクマネジメントのプロセスを見せられているようなものだ」みたいなことをおっしゃったりと、人にはいろんな視点や見方があるものだなあ、と感心させられるばかりです。

個人的な意見というか、思うことをあえて書いてみるとすれば、結局どれもこれも「裏」が取れてない話だよなあ、ということです。表に出ていることだけを見たり聞いたり、読んだりする中で、憶測されたことばかりが並べられている。まあテレビの視聴者だったり、雑誌の読者だったりというのは、そういう憶測を並べられてさらに自分も憶測してみるのが楽しいものなのかもしれませんが、自分が「裏」の取れていない話で楽しんでいることを自覚した上で楽しむのなら「あり」だろうと私は思います。それを無自覚に楽しんでいるとしたら、なんと言うか、おめでたい、ということなのかなあ、と。

かつて20代の頃、某新聞社の編集局でアルバイトをしていた時、記者の人たちと接する中でひしひしと感じたのが、「裏」を取ることへのこだわりでした。もちろんいろんなタイプの記者の人がいますから、「裏」の取り方が甘かったり、「裏」が取れていてもそれを誇張したり、ねじ曲げたりするような下衆な人もいましたが、私が「この人、好きだなあ」と感じる記者の人は概ね、「裏」を取って真実を伝えることに誠実な取り組みをする人ばかりでした。そしてそんな誠実であろうとする人たちのまわりには、「裏」を知っているゆえに、いろんな思惑を持って近づいたり、接したりする下衆な人たちが集まってきます。そんな人たちをうまくさばくことで、誠実さを保ち、真実を伝えようとする。そういう人たちを見ていると、「ジャーナリストってこういう人たちのことを言うんだろうなあ」と若き日の私は感じたものです。だから最近の「自社の方針だから」というのが見え見えな、自分たちの立場を守ることに必死さすら感じるような某新聞社の記事を読んでいると「自社の思う『表』ばかりを盲信していて、ジャーナリズムのかけらもないな」と感じてしまいます。

世の中は表と裏があって、陰と陽があって、成り立っている。それを踏まえて世の中の動きや流れを眺めるのと、全く踏まえずに眺めるのとでは全く見え方が違うのではないかと思わずにはいられません。「裏」を取ることや「裏」を知ることは、それだけ視野を広げるものだと私は思います。

ちなみに私は、求人広告をつくる時に広告には書けないようなことまでヒアリングするのが得意だし、好きです。なぜなら「裏」を知らないと、「表」をうまく書けないから。

求人広告の「裏ワザ!」

そんな私が、求人広告の「裏」を書いているブログです。よかったらぜひ。


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