小説「味噌汁の味」(22)

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「ごぶさたしておりました」かしこまった挨拶をする、俺。それに合わせて、聡美も浩輔も恵美子も、会釈をする。
「いやいや、こちらこそ」オヤジもやたらと、よそよそしい。
 しーん。会話は、続かない。縁側の方から、小鳥の鳴く声が聞こえる。さえずり程度のはずが、やたらに大きな声に聞こえてくる。
「お父様、お元気でいらっしゃいましたか」静寂を破るように、聡美が話しかける。
「おお、元気にしとったよ」オヤジは、俺たちの方を見ないでいる。
「そうですか、それはよかったですわ」何とか会話を続けようと努力していることが、聡美から痛いほど伝わってくる。「お父様、おいくつになられました」
「七十になるなあ」オヤジはポロシャツの胸ポケットから、マイルドセブンライトを取り出し、火をつける。
「まだタバコ、吸ってるんですか」俺は思わず、声を強くする。「あの時、やめるって言ってなかったでしたっけ」
 またもや記憶が甦ってきた。俺がこの家を出る直前、オヤジは胸を悪くして入院したのだ。それまでオヤジは、一日に缶ピースを一缶開けてしまうぐらいの、ヘビースモーカーだった。見舞いに行った時、オフクロが泣きながら、もうタバコはやめてください、と言っていた覚えがある。
「何だ、あの時って」吸った煙を口の中で味わうように、ゆっくりと吐き出すオヤジのタバコの吸い方は、今でも変わっていない。「いつの話をしとるんだ」
「入院した時の話ですよ。もうかれこれ二十年前になりますが」
「あったかね、そんなこと」
「あったがね。覚えとらんかね、あんた」お茶を運んできたオフクロが、笑いながら言う。「照れとるもんで、とぼけとるんだわ、この人」
「あんたは黙っとりゃあて」
「ええがね、ほんとのことだで」茶碗をちゃぶ台に並べながら、オフクロは浩輔と恵美子の顔を見比べる。「あんたたち、ほんとに裕輔に似とるねえ」
 浩輔と恵美子は、引きつった笑いでオフクロの言葉に応えている。初対面の人になかなか打ち解けないのは、家系のようだ。
「ほら、見たってちょーだいよ。そっくりだがね」何とかしてオヤジにこっちを向かせようと、オフクロはデカイ声でオヤジに言う。「あんた、言っとったでしょ、孫の顔見るのが楽しみだって」
「余計なこと、言わんでいいわ」オヤジは真っ赤な顔をしながら、タバコを何度も吸っては吐き、吸っては吐き、を繰り返している。
「お父様、灰が」
「熱っ」聡美が指摘するか、しないかのうちに、タバコはじりじりとオヤジの指を焦がしていたようだ。
 そうだった。オヤジが退院した後、俺がいよいよ家を出て行くという日も、オヤジはタバコで指をやけどしたんだった。(23へ続く)

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