【雑感】自殺について思うこと

ゆでたまごのすけでございます。

松岡農林水産大臣が突然の自殺を図ってお亡くなりになったり、
ZARDの坂井泉水さんが謎の転落死されてしまったり、
まあ坂井さんは自殺と特定されているわけではないようですが、
ここのところそんな話が立て続けに報道されております。

お二人のご冥福を、心よりお祈りしたいと思います。

この報道を見て、二つ思ったことがございました。

一つは、「死」の現実感がとても希薄になってきている気がすること。
阪神大震災の時も、グラウンドゼロの時もそうでしたが、
テレビの画面の中からその現場の映像を見せられた時、
これがとても現実のものとは思えなかったんでございます。
同じ思いをされた方はたくさんいらっしゃるでしょうが、
まるで映画の一シーンかと思わせるぐらい、現実感がなかった。
ところが、私は阪神大震災の翌々日ぐらいに、現地に仕事で入ったんです。
そうすると、恐ろしいぐらいの勢いで現実感が押し寄せてくるのでございます。
そこに生活する人がいて、町が崩壊している現実に直面していて、
それでも必死に生きておられる。この落差は何だろう、と。
テレビというメディアは何より速報性に強みがあるものではございますが、
速報で事件を身近に感じてもらおうという狙いもわかるのではございますが、
その速報性がむしろ、現実感を失わせているのではないだろうか、と。
インターネットも、どこか似た特性を持つメディアなのでしょうね。
何か、この現実感の喪失が、今の世の中をおかしくさせているのではないか、
という気がしてならないのであります。

もう一つは、国を動かす人たちの時代錯誤感。
石原都知事が、松岡大臣の自殺を聞いて、発せられたコメントの中に、
「彼もまた、侍だったのだろう」という言葉がございました。
ぶっちゃけ、いつの時代の話だよ、という突っ込みを入れたくなりました。
それか、死をもって償う、という感覚が今の主流なんでございましょうか。
だとしたら、とても恐ろしいことではないか、と思うのでございます。
そういう文化が日本に根強くあった、ということは理解できますが、
そんな旧態依然とした考えをもった方々が日本の国の中枢を担っている、
(まあ都知事は国の中枢ではありませんが)というのは何とも恐ろしい。
そう思ってしまうのでございます。

何にしろ、死ぬより生き続ける方がいいと思わずにはいられないのでございます。

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