小説「味噌汁の味」(24)

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「え、じゃあおじいちゃん、花札教えてよ」さっきまでの緊張はどこへやら、恵美子はすっかりオヤジのことをおじいちゃん呼ばわりだ。
「ちょっと、恵美子」聡美は諌めるようにしながらも、表情はおだやかだ。
「いいじゃないお母さん。教えてもらおうよ」
「そうかそうか。ほんなら花札、持ってくるわ」オヤジはすっかり、調子に乗っている。
 オヤジが持ってきた花札は、年季が入っている。おそらく、オレのじいちゃんがオヤジに教えた時に使っていたものだろう。
「これが松で、これが桐」オヤジは札の種類を、聡美と浩輔と恵美子に一生懸命教えている。「ほれ、この桐の札、見たってちょ」
「あれ、何か書いてある」
「これな、裕輔が書いた落書きだわ」オヤジは得意そうに、オレの顔色をうかがってくる。「これで裕輔は、ずいぶんじいちゃんに絞られとったなあ」
「そんなことも、ありましたかね」オレはいたって平静を装っているが、そんな子供の頃の話をされて赤面するぐらい恥ずかしい気持ちになっていた。
「そんなに真っ赤になるほど、恥ずかしがらんでもいいがね」
「あ、ほんとだ。お父さん、真っ赤だよ」
「そ、そうか?」父親の面目、丸つぶれである。
「だいたいルールはわかりましたわ。じゃあお父様、やってみましょう」
 気がつくと、札はオレの分まで配られていた。いつの間にか、家族みんなで花札に興じ、単純に盛り上がってしまっていた。
 子どもたちが先に床につき、オレと聡美と、オヤジとオフクロは食卓でビールを飲んでいた。
「裕輔」
「何です」
「よう、来てくれたな」
「……何を今さら言ってるんですか」
「生きとるうちに会えて、ほんとによかった」オヤジの目には、心なしか涙が浮かんでいるようだった。
「何をおっしゃるんです。またすぐに会いに来ますから」聡美は努めて、明るくオヤジに答えてくれる。「東京から名古屋なんて、そんなに遠くないですから」
「そうだな。遠くないよな」オヤジはビールをやめて、おちょこの冷酒をくいっ、とひと息に飲み干した。「すまなかったなあ、今まで」(25へ続く)

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