小説「味噌汁の味」(45)
(44へ続く)
いつの間にか、聡美もぐっすり眠っていた。
オレはというと、車窓の風景をずっと眺めていた。
富士山は、相変わらず美しくどっしりと構えていた。聡美と二人で名古屋に向かった日に見たものと、何ら変わりはない。
いつまでも変わらずにいられるのなら、すばらしい。しかし、自ら変わろうとするのは、勇気が必要だ。
兄弟たちは、どんな風に変わっているのだろう。だけど、兄弟であることには変わりはない。
新幹線は、小田原駅を通過した。もうすぐ東京に着くな、と思っていると、聡美が目を覚ました。
「もうすぐ、ですか」
「ああ、小田原を過ぎたばかりだよ」
「何だか、あっという間でしたね」
「ああ、ほんとだな」
「明日は、いつも通りの時間ですか」
「そうだ。朝七時起きだ」
「朝は、赤だしのお味噌汁にしましょうね」
「そりゃ嬉しいね」
「思っていたより、おいしいものですね、赤だしのお味噌汁って」
「ああ。うまいもんだよ」
オヤジとオフクロは、いつまで元気にいてくれるだろうか。
勇作は、もうこの世にはいない。奥さんは、これからどうやって幸せになっていくのだろうか。
先のことを考えたら、不安な気持ちになる。
しかし、オレは生きている。そして、妻の聡美がいて、息子の浩輔と娘の恵美子がいる。それはもう、譲ることのできない、紛れもない事実だ。
もしかしたら、兄弟たちと財産分与だとか、オヤジとオフクロの面倒とか、喧嘩になるかもしれない。
しかしそれも、逃れられない事実だ。
受け入れよう。今まで五十年以上も生きてきて、今さらながら、それが一番大事なことだと気づいた。
「なあ、聡美」
「はい」
「今までずっと言ってなかったんだけど」
「何です」
「おまえの味噌汁は、赤だしでなくても、うまいよ」
「何を言うかと思ったら」聡美は少しの間をおいて、吹き出しながら、それでも少し嬉しそうに、そう言った。
「まもなく、東京、東京です」車内のアナウンスが、東京駅への到着を告げた。(完)
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いつの間にか、聡美もぐっすり眠っていた。
オレはというと、車窓の風景をずっと眺めていた。
富士山は、相変わらず美しくどっしりと構えていた。聡美と二人で名古屋に向かった日に見たものと、何ら変わりはない。
いつまでも変わらずにいられるのなら、すばらしい。しかし、自ら変わろうとするのは、勇気が必要だ。
兄弟たちは、どんな風に変わっているのだろう。だけど、兄弟であることには変わりはない。
新幹線は、小田原駅を通過した。もうすぐ東京に着くな、と思っていると、聡美が目を覚ました。
「もうすぐ、ですか」
「ああ、小田原を過ぎたばかりだよ」
「何だか、あっという間でしたね」
「ああ、ほんとだな」
「明日は、いつも通りの時間ですか」
「そうだ。朝七時起きだ」
「朝は、赤だしのお味噌汁にしましょうね」
「そりゃ嬉しいね」
「思っていたより、おいしいものですね、赤だしのお味噌汁って」
「ああ。うまいもんだよ」
オヤジとオフクロは、いつまで元気にいてくれるだろうか。
勇作は、もうこの世にはいない。奥さんは、これからどうやって幸せになっていくのだろうか。
先のことを考えたら、不安な気持ちになる。
しかし、オレは生きている。そして、妻の聡美がいて、息子の浩輔と娘の恵美子がいる。それはもう、譲ることのできない、紛れもない事実だ。
もしかしたら、兄弟たちと財産分与だとか、オヤジとオフクロの面倒とか、喧嘩になるかもしれない。
しかしそれも、逃れられない事実だ。
受け入れよう。今まで五十年以上も生きてきて、今さらながら、それが一番大事なことだと気づいた。
「なあ、聡美」
「はい」
「今までずっと言ってなかったんだけど」
「何です」
「おまえの味噌汁は、赤だしでなくても、うまいよ」
「何を言うかと思ったら」聡美は少しの間をおいて、吹き出しながら、それでも少し嬉しそうに、そう言った。
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