小説「味噌汁の味」(44)

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「本当は、もっとゆっくりしていきたかったのですが」オレは奥さんに、名残惜しい気持ちを隠さずに言った。「何しろまた明日、仕事がありまして」
「こちらこそ、おかまいもしませんで、本当に申し訳ありません」奥さんは玄関先で出発しようとしているオレたちに、また深々と頭を下げていた。
「家族旅行、約束だからね」恵美子は奥さんと、指きりをした。「みんなで、行きましょう」
「はい、はい。もちろんですとも」奥さんは恵美子の小指を、しっかりとつかんで嬉しそうに言った。
「じゃあ、失礼いたします」
「また、遊びに来て下さいね」
 迎えのタクシーがやってきた。オレたち家族は荷物を積み込んでタクシーに乗り込み、いつまでも手を振る奥さんの姿に向かって、いつまでも手を振り返していた。

 ほんの二日間の、短い家族旅行が終わった。
 たった二日間の間に、本当にいろんなことがあった。
 家族と過ごす時間は、こんなにも濃密だったのか、とオレは改めて気がついた。仕事でつきあう人たちとは比べ物にならないぐらい、深い関係だったんだ、と再認識できただけでも、今回の旅は有意義だったと言えるだろう。
 帰りの新幹線の車中、子どもたち二人は疲れてしまったようで、すっかり寝入っていた。オレと聡美は、久しぶりに二人だけの会話を楽しんでいた。
「楽しい旅行でしたね」
「ああ、そうだな」
「お父様とお母様に会えて、ほんとによかった」
「ああ、そうだな」
「あなた、さっきから、『ああ、そうだな』しか言ってないですよ」
「ああ、そうだな」
「ほら、また。ちゃんと聞いてるんですか、人の話を」
「聞いてるさ」オレは聡美の言葉に憤慨するというより、自分のボキャブラリーのなさにイライラとして言った。「本当に、楽しかったよ」
 車窓を眺めながら、この二日間に会った人たちの顔を思い浮かべていた。
 オヤジもオフクロも、本当に嬉しそうだった。子どもたちもいて、騒々しいのは迷惑じゃないか、と思っていたけれど、むしろその方が刺激があって楽しかったのかもしれないな。
 勇作は、本当にいい奥さんをもらったもんだ。よどみなく、あいつのことを愛していた。それがひしひしと伝わってきた。
「帰ったら、兄弟に連絡しなきゃな」
「そうですね。みなさん、どうしていらっしゃるのかしらね」
 オヤジに言われた時は、正直なところどうしよう、と思っていた。だけど何だか、兄弟に連絡するのが少し楽しみな気もしてきた。(45へ続く)

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