2012年9月30日日曜日

【雑感】八百長と演出の境界線。

ゆでたまごのすけでございます。

先日、とある方と会食している際に、
お話ししながら改めて思ったことでございます。

その方は海外在住歴もある方で、
アメリカの人と日本の人のモノの見方について、
話題が及んだ時に出てきた比較論でございます。

アメリカには、WWEというプロレス団体がございます。
日本にも来日して、興行を行っているので、
ご存知の方も多いのではないでしょうか。

プロレスでございますので、
当然ながらレスラーがいるわけでございます。
そしてそのレスラーが、
それぞれキャラクター設定をされていて、
誰と誰が対立しているとか、
どの派閥とどの派閥が抗争を繰り返しているとか、
いろいろとストーリー設定がされておるのでございます。

そしてその対立や抗争に関する演出が、アメリカ的と申しますか、
何とも派手だったり、荒唐無稽だったりするのでございます。
抗争相手が乗る予定だった車が爆破されたり、
女性が絡んできて、その女性が相手のスパイ的な存在だったり、とか。

もう、傍目から見ていると、
笑ってしまうくらいの大げさな演出だったりするのでございます。
「んなわけない!」「んなこと起こるか?」と、
突っ込みどころが満載だったりするのでございます。

しかしながら、アメリカの視聴者やファンは、
そんな荒唐無稽な演出を、そもそも演出だ、
とわかっていながら、そこに野暮な突っ込みを入れることなく、
楽しんでしまっていたりするのでございます。

私、この視点って、すごく大人というか、
ジェントルなモノの見方ではないか、と感じるのでございます。

かたや、日本の大相撲でございます。
日馬富士関が、横綱に推挙されまして、
さっそく、綱をつくっている神聖な場所に、
ガムをくちゃくちゃしながらやってきた、
けしからん、みたいなバッシングがございました。
朝青龍関を彷彿とさせるような、的な、です。

相撲も、所詮は興行でございます。
演出があってしかるべき、と思うわけでございます。
八百長問題が取り沙汰された時もございますが、
そもそも興行ということであるなら、
ガチを望む方がおかしい、と私は思うのでございます。

いや、ガチでやるところはガチでやっていい、と思います。
白鵬関と日馬富士関が、とことんガチでやってくれたら、
これは大いに盛り上がると思うからでございます。
それはそれで楽しみつつ、興行であることも頭に置きながら、
ちょっとおかしいんじゃないの、それ、ってことも、
WWEをアメリカ人の方が観るように、
ああ、なるほど、そういう演出ね、と寛容に受け止める、
という視点を持つことの方が、
重箱の隅をつつくようなことをして、無粋なことを言うよりも、
視野はずっと豊かに広がるのではないだろうか、
と思わずにはいられないのでございます。

日本人、および日本の国自体が、
どこかゆとりがないから、そうなるのかな、
と思ってしまうわけでございます。

これからどうなるかわかりませんが、
かつての朝青龍関のように、
日馬富士関をまたもやヒール役にするのなら、
日馬富士関はとことん迎え撃っていただきたいと思うのでございます。
「私は私」とコメントされておられましたが、
何も横綱が全て品行方正でなければならない、
というわけではないと私は思うのでございます。
悪者役を世の中の人たちが期待するのなら、
とことんやり切って、それを大相撲協会の方々は、
とことん守り切ってあげていただきたい、と思うのでございます。
結果、それが興行としての盛り上がりにつながれば
いいのではないでしょうか。

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