小説「味噌汁の味」(35)

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「何言ってんだよ、いきなり」浩輔は、あまりの突然の質問に驚いているようだ。「悲しいも何も、なあ」
「う、うん」恵美子も、動揺している様子だ。「ほんとにどうしたの、お父さん」
「いや、実は」
「お待たせしました、着きましたよ」タクシーの運転手が、陽気に話しかけてくる。
 気がついたら、もうすでに名鉄線の駅だった。またもやオレは、核心部分を話せずにいた。
 駅のホームに着いても、やはりオレは考え事にふけっていた。あの家を、どうしたもんだろうか。別にオレは、金のことはどうでもいい。相続税がどうしたとか、財産だとか、そんな考えは毛頭なかった。それよりも、オヤジが相続の相手としてオレを選んだということに、兄弟姉妹がどんな反応を示すだろう、ということばかりを頭の中で巡らせていた。
「ねえ、さっきの話の続きなんだけど」どうやら恵美子は、オレの質問が気になっていたらしい。「なんで急に『死んだら』なんて言ってたの?」
「ああ、うん」
 特急電車が、駅を通過して走っていく。ものすごい、スピードだった。
「単純に、聞いてみたかったんだよ」
「そんなの、悲しいに決まってるじゃない」恵美子は、まっすぐオレの目を見て言った。「ねえ?」
「う、うん」反対に浩輔は、オレから目を逸らして言った。「どっか、具合でも悪いのかよ」
「いやあ、そんなことはないけどな」オレは二人に、笑顔で答える。「心配、してくれるんだ」
「当たり前だろ、家族なんだから」
「おまえ、たまにはいいこと言うなあ」オレは浩輔の頭を、ぽんぽん、と叩いてみた。
「やめてくれよ。髪が乱れるだろ」
「そうだよな。家族だもんな」
「そうですよ。家族ですもん」
 普通電車が、駅に到着した。ここから勇作の家までは、普通電車で約20分。さほど遠くはなかった。(36へ続く)

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