小説「味噌汁の味」(42)

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「ああ、そうだ」奥さんは思いついたように、立ち上がって言った。「裕輔さんに、ぜひ持って帰ってもらいたいものがあるんです」
「持って帰ってもらいたいもの、ですか」
「ええ、大したものではないんですけど、ちょっとお待ちになっていただけますか」
 おそらく、勇作の遺品なのだろう。わざわざオレのために用意していたものがある、とは思えない。オレはそれほど、ヤツにとってなくてはならない存在だったわけではないからだ。
「……お父さんが泣いてるところ、初めて見た」恵美子が、言いにくそうに切り出した。「お父さんも、泣くんだね」
「そりゃ、オレだって泣く時はあるさ」そういえば子どもたちの前で泣いたことは、今までなかったかもしれない。「だけど、強がってたのかもしれないな」
「強がってた?」
「ああ。おまえたちの前で、父親が泣いたりしたらみっともない、って思ってたのかもしれないよ」
「別に、みっともなくなんかねえよ」そういう浩輔は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「泣くな、みっともない。男のくせに」オレは思わずオヤジ風を吹かせてしまう。
「いいじゃないの、別に。男とか女とか、関係ないよ」兄をかばう、優しい恵美子である。
「ああ、まあそうだな」
「急に、思い出しちゃったんだよ」浩輔はしゃくりあげながら、必死にしゃべろうとする。「勇作おじさんと、最後に旅行に行った時のこと」
「覚えてるのか、そんなに昔の話を」
「覚えてるよ。オレが小学校に入ったばかりの頃だよ。おじさん、結婚するから一緒に旅行へ行けるのは最後かもしれないって。オレ、なんか寂しくって、泣きまくったこと、覚えてるよ」
 そうだった。オレもかすかに、思い出してきた。駅で勇作との別れ際に、浩輔は勇作に抱きついて泣きじゃくっていたのだ。きっと浩輔にとっては、小さい頃の鮮烈な記憶だったに違いない。
「お待たせしました。これなんですけどね」
 奥さんが隣りの部屋から持ってきたものは、確かに勇作の遺品だった。それは、浩輔が描いた、勇作の絵だった。(43に続く)

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