小説「味噌汁の味」(41)

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「え、そうなんですか」オレは驚いて、思わず大きな声を出してしまった。
「ええ、そうなんですよ。子どももいます。もう自立していますけど」
「はああ」感心したため息は、オレの家族四人全員による合唱になっていた。
「でも、勇作さんはそれを承知で、結婚してくれたんです」奥さんは勇作の遺影を振り返る。「短い間でしたけど、私はとても幸せでした。勇作さんは、どうだったかはわかりませんが……」
「いや、きっと幸せだったと思いますよ」オレの言葉に、根拠はない。
「勇作さんは、ずっと言ってました。裕輔さんが、うらやましいって」
「え」オレはまた、驚いて大きな声で答えてしまった。「勇作が、そんなこと言ってたんですか」
「よく、家族旅行にご一緒してたんですよね」
「ええ、まあ」
「奥様がいらして、お子さんがいらして、うらやましかったみたいですよ。楽しそうだなあ、って」
 勇作がそんなことを思っていたなんて、オレは考えてもいなかった。むしろ勇作は、うちの子どもたちと遊ぶのが楽しくて、旅行に来ているのだとばかり思っていたからだ。
「そうだったんですか。でも確かに、いつも楽しそうでしたよ、勇作さん」聡美も笑顔で、奥さんの言葉に答えた。
「うん、お父さんより、たくさん遊んでくれましたよ」恵美子も、オレのことなんかそっちのけで、会話に参加する。
「プールで飛び込み、教わりましたよ。小学生の頃」浩輔も、懐かしそうに言う。
「そうですか、そうですか」浩輔と恵美子の言葉に、奥さんはにこにこ、とうなずいていた。「そんなふうに、喜ばせてあげたかったですねえ」
 勇作、おまえ、死ぬにはまだ早すぎたんだよ。オレは思わず、ヤツの遺影に向かって毒づいていた。同時に、頬を涙がつたっていた。(42へ続く)

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