小説「味噌汁の味」(38)

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「こちらこそ、ごぶさたして申し訳ありません」奥さんは本当に申し訳なさそうに言う。「さ、どうぞ。上がって下さい」
「はい、失礼します」オレは家族に上がらせてもらうよう促しながら、奥さんに答える。「あの、勇作は、どちらに」
「こちらの、和室に」奥さんは、玄関を上がったすぐの部屋を案内してくれた。
 部屋に入るとすぐ、勇作の遺影が飾られた仏壇があった。遺影の前には、りんごやバナナやメロンなどの果物、それに全国各地から集められたかのような菓子折りの数々が所狭しと並んでいた。
「すげえ、いっぱいだ」浩輔は夥しいお供え物の数に驚いて、言った。
「ほんとだ。お供え物だらけ」恵美子も、目を丸くしながら言った。「これって、みんなもらい物なのかな」
「たぶん、そうでしょ」聡美は穏やかに笑いながら、答えた。「勇作さんは、人気者だったから」
 オレは線香に火を灯し、ちーん、と鐘を鳴らしながら、仏壇に向かって手を合わせる。ほんと、おまえらしい仏壇だよ。挨拶が遅くなって、すまなかったな。葬式に顔も出せなくて、悪かったよ。だけどいっぱいの人が、おまえのことを見送ってくれたんだろ。別にオレ一人ぐらい、いなくたって寂しくも何ともなかったよな。
「あなた、いつまで拝んでるの」
 聡美に声をかけられて振り向くと、オレの後ろに聡美と浩輔と恵美子が線香を上げる順番待ちで並んでいた。
「え、そんなにオレ、拝んでたか」
「一分ぐらい、ずっと拝んでたよ」恵美子がくすくす、と笑いながらオレに言う。
「言いたいことがたくさんあったのよね、勇作さんに」聡美がフォローを入れてくれる。「ね、お父さん」
「あ、ああ」オレは、卑屈な気分で拝んでいた自分が、少し恥ずかしくなった。(39へ続く)

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