スーダラ伝説は本当に伝説となった・植木等



ゆでたまごのすけでございます。
近頃は、私が小さい頃に
テレビの世界で活躍されていた
ような方々が、
次々とお亡くなりになるのが
いたく寂しい限りでございます。

本日、植木等さんがお亡くなりになられました。
先日、青島幸男さんのことをブログに書いた矢先だったので、
何とも言えず寂しい限りでございます。

私の世代は、クレージーキャッツのリアルタイム世代ではございません。
むしろ、ドリフ全盛世代と言えるでしょう。志村、後ろ後ろ!と、
テレビに向かって叫んでいたような世代でございます。
しかし、やはりテレビ創成期の笑いとエンターテインメントを
支えていたのは、クレージーキャッツだったと思うわけでございます。

植木さんと私が出会ったのは、ドーナツ盤でした。
あえて、ドーナツ盤と記させていただきます。
今や、レコードとはDJが回すお皿のこと、という感じでしょうが、
私の小さい頃はスピーカーと一体になった小さなプレーヤーに、
45回転のシングルレコードを乗せて聞くのが主流だったわけでして。

なぜか私の自宅には、いっぱいドーナツ盤があったのでございます。
母親が当時からするとハイカラ(!)な人だったようで、
流行歌と呼ばれるようなレコードは
ずいぶんと集めておったようでございます。

そんな中に、ジャケットのないドーナツ盤がいくつもありました。
そのほとんどが、ザ・ピーナッツのシングル盤でありました。
レコードの溝が、ほとんどなくなってしまっているような状態で、
今から考えれば母親や姉がすり切れるまで聴いていたのかな、
という気がしております。

そして、その中に一枚、際立ったものがありました。
ドーナツ盤は普通、黒いプラスチックを素材にしておりましたが、
その一枚は、なぜか赤く、透明な素材でできておりました。
当時、小学館の子供向け雑誌についていたような、
ぺらっぺらのソノラマシートと呼ばれるようなドーナツ盤と
雰囲気が似ていたのがとても印象的でした。

その赤いドーナツ盤の一枚から流れてきたのが、
植木等とクレージーキャッツ「スーダラ節」でございました。

スーイスーイスーダララッタ
スラスラスイスイスーイ♪

何ともお気楽で、なんとくだらない歌詞でしょう。
子供ながらに、その曲調のばかばかしさを感じていたと思います。

でも、そのメロディーラインと歌詞は、未だに忘れずにいます。
それほど、インパクトがあった曲だった、ということなのでしょう。
青島さんもスゴいですが、無責任男を体現した植木さんも、
スゴい方だったと改めて思います。

その後、クレージーの映画を夜中のテレビで見たり、
青島さんやその他クレージーの記録をたどった本を読んだり、
ということをしながら追体験をしていきました。
今見たら、当然古いし時代背景も古いのでございますが、
笑いに取り組む精神だったり、そんなにがんばるなよ、
というメッセージだったり、そういうものは今でも十分、
いやむしろ、こんな時代だからこそ通用するのではないか、
と思わずにはいられません。

そんな、後世に生きる私たちにメッセージを残してくれた
植木等さんに、伝えたい。心から「ありがとう」と。

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