小説「味噌汁の味」(10)

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「おい、決まったぞ。再来週の土日だ。再来週の土日に、名古屋に行くぞ」俺は狂喜乱舞するように階段を下り、食卓へ向かって叫んだ。「恵美子も大丈夫だそうだ。おまえたちも、大丈夫だよな?」
 聡美と浩輔は、俺の興奮をよそに黙々と夕食に向かっている。
「浩輔、おまえ大丈夫か、再来週の土日。大学、休みだろ?」
「……大丈夫だよ」
「聡美、おまえは?」
「私はいつだって大丈夫ですよ」
「よし、決まった」俺は勢いよく食卓の席につき、聡美製のみそソースを思い切りとんかつにぶっかけた。「前祝いだ。今日は食うぞ」
「まずいんじゃなかったでしたっけ」聡美はふん、と鼻を鳴らしながら俺に言う。
「そんなことあるもんか。うまいよ。うん、うまい」
 お世辞には違いない。だけどいつもよりは、うまく感じていたのは明らかだった。

 翌日、俺は勇作の家に電話をかけてみた。奥さんに、再来週の土日で訪ねていくことを告げておきたかったからだ。
「そうですか、わざわざすいませんねえ。きっと勇作も、喜びますわ」
 気丈にふるまっているんだな、ということは電話の声からも伝わってきた。つらかろう。勇作の奥さんは、彼が東京に来てから知り合った人だ。彼が名古屋に戻ることになって、見知らぬ土地で生活するのは決して楽じゃなかったはずだ。俺にはその気持ちが、よくわかる。
「どうですか、そちらの生活は」
「はい、最初はいろいろ大変でしたけど、もう慣れましたね」
「お味噌汁の味なんて、全然違うでしょ」
「そうですね、名古屋は赤だしですからね。それにあの、ソースみたいにするの、あるじゃないですか」
「はいはい、ありますね」
「あの作り方、なかなか難しくてね。お義母さんに教えていただきましたよ」
 そう、この謙虚な姿勢。いいねえ。聡美に聞かせてやりたい。
「でも、結局音を上げてしまったんですよね。あれはやっぱり、名古屋の人がつくるのにはかなわないですよ」
「あ、そうですか。そんなもんですかねえ」
 やはり、聡美を責めることはできないのかもしれない。俺はちょっとがっくりした。(11に続く)

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