小説「味噌汁の味」(15)

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「どーでもいいじゃん、そんなこと」浩輔は相変わらずつれない返事をする。
「どーでもよくないわよ。だってお父さんとお母さんが結婚しなかったら、私たち生まれてないんだよ」恵美子の表情は、真剣だ。
「当たり前じゃん、そんなの」浩輔は手元のカードから目を上げずに言う。
「当たり前だから、知りたいんじゃない」恵美子は聡美の方を振り返って続ける。「お母さん、どうなの、実際のところ」
「さあねえ」聡美は含み笑いをしながら俺を振り返る。「お父さんに聞いてみたら」
 何で俺に振るんだよ。俺はうらめしそうな目で、聡美を見る。
「どうなの、お父さん」恵美子の表情は、やはり屈託がない。
 正直な話、当時のことを思い出すと恥ずかしくなる。大学時代、俺は学生運動にかぶれていた。同じ大学に通う後輩の聡美を見て、一目惚れしたのだ。聡美はごく普通の学生生活を送っていて、いやむしろ「お嬢さん」と呼ばれてもいいような生活を送っていた。家は都内にあって両親と住み、父親は大手企業の部長クラス、母親は学習院卒の才女。テニスサークルに所属して、とても俺なんかじゃ釣り合わない女だった。
 名古屋の賃貸アパートに住む両親に無理をさせて、東京の大学に進学した俺は、明らかに聡美のような家庭環境に育った連中に卑屈な感情を向けていた。「ブルジョワなんて」と叫んでいたわけだが、惚れてしまったものは仕方ない。学生運動の仲間で、親友だと思っていた男に俺の恋を打ち明けたら、怒声とともに「裏切り者」とののしられた。そんな俺をかばってくれたのが、同じ大学に進んだ勇作だったのだ。
「お父さん、黙ってないで教えてよ」
 恵美子の言葉に、我に返る。ちょっとの間、感傷にひたっていたようだ。
「そんなの聞いてどうするんだ」そう言いながら、俺は恵美子の目が見れないでいる。
「だって知りたいんだもん」恵美子はぷーっ、とほほをふくらませる。
「お母さんが、お父さんに惚れたんだ。それでいいだろ」
「よく言いますよ、ほんとに」聡美は呆れた様子で、俺を見る。
 俺の方がぞっこんだった、なんて恥ずかしくて言えるか。そんな言葉が喉まで出かかった。大きなため息をついて、窓の外を見る。外には富士山が見えてきた。そう、あの日と変わらぬ姿で、富士山はそこにいた。
 正直に話してみるか。俺はなぜか、肩の荷が下りたような気がしていた。(16へ続く)

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