小説「味噌汁の味」(5)

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「ちょっとお父さん、何言ってるの。やめてよ、そんなの恥ずかしいから」恵美子は真剣な顔で、俺を止める。
「だって先輩たちが来ると、休めないんだろ」
「そういう問題じゃないでしょ、もう」
「父さんの言うことが聞けないってのか」
「どうしてそういうことになるのよ」
「お父さん、いい加減にして下さい」聡美が呆れたように言う。「そんなに無理に行こうとしなくたっていいじゃないですか」
「いや、これは大事な問題だぞ。俺だけの問題じゃない。家族の問題だ」
「よく言うよ。どう考えたって、お父さんだけの問題じゃない」
「何を言ってるんだ。よく考えてもみろ、家族で旅行するなんて、これから何度もできることじゃないだろう」
「だからって別に来週じゃなくたって」
「もう、早く食べてちょうだいよ。いつまでたっても、片付かないじゃないの」恵美子の言葉をさえぎって、聡美は現実的なことを言う。「ちょっと、浩輔呼んでくるわよ」
「おお、呼んでこい、呼んでこい。みんなで話し合おうじゃないか」俺はもう、すでに興奮状態である。
「話し合いも何も」大きなため息をつきながら、恵美子はとんかつにソースをかけようとする。
「待て待て待て」俺は慌てて恵美子の手からソースの瓶を取り上げる。「こんなソースで食べるんじゃない」
「何よ、もう」恵美子は俺からソースを奪い返そうとする。「ほんとに、いい加減にしてよ」
「今日のとんかつは、家族みんなで、味噌かつにして食べるんだ」
「そんなの、誰が決めたのよ」
「俺が決めた」
「いつ」
「たった今だ。今日の晩ごはんは、味噌かつだ。名古屋への家族旅行への序曲だ」もう俺は平静ではいられなくなっていた。「こんなソースは、邪道だ。しかもブルドッグソースなんて、名古屋の人間はソースと言えばコーミソースなんだ」
「何よ、それ」
「知らんのか。名古屋の有名なソースメーカーだ」
「知らないわよ、そんなの」
「ああ、情けない。名古屋人の娘に生まれながら、コーミソースも知らないなんて」
「私は名古屋で生まれたわけじゃないし」恵美子はさらに力をこめて、俺からソース瓶を取り返そうとしてきた。「ちょっと、早く返してよ」
「返さない」
「返して」
「意地でも返さん」
「返して」
 どばーっ。ソース瓶についたソースに滑ったのか、俺は突然手を放してしまい、力任せに引っ張っていた恵美子は座っていた椅子もろともぶっ倒れてしまった。その勢いで、ソース瓶からソースが、恵美子の着ていた制服を真っ黒に染めてしまったのだ。(6へ続く)

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