小説「味噌汁の味」(4)

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「来週の週末はどうだ」俺は嬉々として恵美子に言った。
「来週? 来週は部活の練習があるんだけどなあ」恵美子の無邪気そうな顔が、わずかにゆがむ。
「お父さんは知らないのよ、もうすぐ全国大会だって」
「え、全国大会?」俺は慌てて聡美に聞き返す。
「恵美子の学校、予選で優勝したのよ。もちろん、恵美子の活躍で」
「そうだったのか」俺は恵美子を振り返る。「どうして教えてくれなかったんだ」
「どうしてって、別に」恵美子は俺と目を合わせようとしない。「だって教えようにも、お父さん家にいないし」
 俺は頭を抱えた。俺はこんなにも、家族のことを置き去りにしていたのか。
「しょうがないでしょ、お父さんはお仕事で忙しいんだから」
「聞き飽きたわよ、そのセリフ」
「お父さんがいなかったら、私たち食べていけないのよ」
「それも何度も聞いた」
「そうね、確かにそうよね」聡美は一人うなずきながら、食卓に夕食の献立をたんたんと並べながら言う。「私も言い飽きたわ」
 抱えていた頭を上げてみると、食卓には揚げたてのとんかつが並んでいた。
「何だ、これ」俺は思わず聡美に聞いてみる。
「何って、とんかつよ」聡美は冷蔵庫から取り出した、瓶を持ってテーブルに向かってくる。「これで我慢してちょうだい」
 瓶の中には、例の聡美製名古屋みそソースが入っている。違うんだ。これじゃないんだ、と思ってはみるものの、言葉にできない俺がいる。
「えー、またこれ? これ、おいしくないじゃない」
「だってお父さん、食べたいっていうんだからしょうがないでしょ」起伏がない声で、聡美は言う。「あんたは普通のソースで食べればいいじゃないの」
「……おいしいんだよ」俺の声は、腹から絞り出したかのように低かった。「ほんとはもっと、おいしいんだよ」
 俺の言葉に、聡美はぴくっと反応する。そりゃそうだろう。自分の料理にケチをつけられれば、誰だって怒るに決まっている。でも俺は、言わずにはいられなかった。
「ほんとは赤だしみそにみりんと砂糖をたーっぷり混ぜて、時間をかけて煮込むんだ。そうすると、甘くてコクのあるみそソースになるんだ」
「ふーん、そうなんだ」気のない返事をしながら、恵美子は携帯のメールをチェックしている。「あ、来週の練習、先輩たちも来るんだ。ますます休めないや」
 その瞬間、俺は決意した。何としても、どんな障害があったとしても、俺は家族を連れて名古屋へ行く。そう心に決めた。
「恵美子」強い調子で、俺は言う。
「何?」
「その先輩たちに、会わせてくれ」
「え、何で?」
「俺がお願いする。恵美子を休ませてくれって」(5へ続く)

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