小説「味噌汁の味」(8)

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「どこ見てんのよ!」
 穴が開くほどじっくり見ていたことに、俺は自分自身気づいていなかった。恵美子は恥じらいながらも、俺を軽蔑の眼差しで見つめていた。さらに形勢は悪くなる一方だ。
「いや、すまん。別にいやらしい気持ちで見てたわけじゃないんだ」
「うそ」
「うそなもんか。自分の娘をそんな目で見る親がどこにいる」
 恵美子はふんっ、というようにそっぽを向いてしまう。コミュニケーションは、どうしてこんなにも難しいのだろう。そりゃあ部下もついてこないはずだ。いかんいかん、また仕事のことを考えている。今は家族の問題だろ、しっかりしろ、俺。
「あのな、父さんはただ謝りに来ただけなんだ」
 長い沈黙。息苦しい。
「すまなかったな。でも明日、着ていくものがないってことはないだろ」
 反応なし。恵美子はそっぽを向いたままだ。
「……もしかして、あのアパートの大学生のこと、好きなのか」俺はカーテンを少し開けて、向かいのアパートを覗いてみる。
 恵美子はやはり、部屋のベッドに体操座りで背中をもたせかけたままだ。
「父さんな、おまえがどんな男を好きになっても、構わないと思ってる。だけど一つだけ、約束してほしいんだ」
「何」
「つきあった彼のことは、ちゃんと俺に紹介してほしい。それだけは約束してくれ」
 恵美子はやっと、俺にわずかな微笑みをかけてきてくれた。ふう。少し安心してもう一度、窓の外を眺めてみると、向かいの部屋には茶髪に真っ黒な肌の女が入ってきて、俺の目もはばからずに大学生と深い深い接吻を交わしていた。
「向かいの学生は、やめておいた方がいいと思うぞ」おいおい、言ってることが違うだろ。頭の中の俺は、俺自身に突っ込みを入れていた。(9へ続く)

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