小説「味噌汁の味」(20)

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 相変わらず、デカイ家だ。
 俺の実家である。東京に住んでいると、田舎の家は本当にデカイ、とつくづく思う。無理もない。俺は六人兄弟の長男として生まれたのだから。
 オヤジは教員だった。戦争にも召集されたらしいが、戦地に赴くまでもなく敗戦を迎えたという。戦争が終わってからは教員に復職し、地元の高校の校長まで務めた人物である。この家を建てたのは、確か俺が高校生ぐらいの頃だった、と思う。
 記憶は、本当に曖昧だ。それに意外と両親のことを知らないんだ、と改めて感じる。特にオヤジのことは、よくわからない。
 玄関には、チャイムすらない。田舎の家は、そういうもんである。
「えっ、鍵かけてないの」俺が引き戸を開けると、浩輔が驚いて言う。
「田舎ってのは、そういうもんだ」俺はちょっと得意げに言ってみる。「隣近所は顔見知りだし、違う土地の人間なんて滅多に来ないからな」
「はーい」奥の方から、声がする。俺のオフクロだ。
 オフクロが姿を現す。三十年近く会っていないと、さすがにその年老いた姿が目に痛い。
「……裕輔かね」オフクロは、わなわなと震えながら俺に声をかける。「……やっとかめだなも」
「……ただいま」俺も、これ以上の言葉がない。「紹介するよ。妻の聡美、息子の浩輔、それに娘の恵美子だ」
「そうかね、そうかね」オフクロは土間に下りて、俺と家族の顔を見比べる。「こんな遠くまで、よういりゃあした」
「お世話になります」聡美は深々と頭を下げる。「ほら、あんたたちも」
「お世話になります」
「まあまあ、よくできた子たちだわ。さ、さ、上がって上がって」
「オヤジは、いるの」
「ちょっと近くまで散歩に行くって、出かけなさったわ。パチンコでないの」オフクロはいたずらっぽく笑いながら言う。「照れてりゃあすんだわ、あの人も」
 オフクロは俺たちを、客間に通してくれた。懐かしい匂いのする部屋だった。兄弟でケンカをし、物を壊して怒られていたのが、この部屋だったことを思い出した。
「これ、見たってちょうだいよ」オフクロが、部屋の柱を指して言う。「この傷、裕輔の成長記録だわ。こんなに小さかったんだわね」
「へえ、オヤジもこんな小さかったんだ」浩輔と恵美子は、柱を食い入るように見て、俺の姿と見比べている。
「当たり前じゃないか」俺はやけに恥ずかしくなって、正座してしまう。「父さんにだって、子どもの頃はあったんだ」
 オヤジの姿は、しっかりと見せてやるべきだ。俺はつくづく、そう思った。(21へ続く)

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