小説「味噌汁の味」(3)

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「だったら私がつくりますよ」アイロンの電源を切って、聡美はうっとうしそうに立ち上がる。
「いや、いいよ」
「いいって、食べたいんでしょ」
「いや、それでもいいよ」
「どうしてです」
「ううん」何と答えたらいいのか、俺は言葉に詰まる。「だから、家族みんなで、名古屋に行って、食べたいんだ」
「そんなこと言われてもねえ」
 前に聡美が、いわゆる味噌かつにかける味噌ソースをつくってくれたことがある。しかしやはり何かが違うのである。その時は、おいしいと言いながら食べてはみたが、正直なところ満足できるものではなかった。そんなことを、今さら言えるはずもない。
「ただいまあ」玄関から、息子の浩輔の声が聞こえてくる。
「お帰り。なあ浩輔、名古屋に行かないか」息子を出迎えながら、俺はいきなり切り出した。
「何だよ、急に」
「お父さんのお友達が、亡くなったんですって」聡美がエプロンをつけながら、解説をしてくれる。「お線香をあげに行きたいんですって」
「そんなの、オヤジ一人で行ってくりゃいいじゃん」
「でもな、ここのところ何年も、家族旅行も行ってないじゃないか」俺は息子を味方につけようと必死である。
「オヤジが忙しい、って言うから行けなかったんだろ、毎年」
「まあ、そうなんだけどな」実際にそうだから、どうも歩が悪い。
「それに、そんな急に言われたって、俺だって大学あるし」
「何言ってんだ。大学なんて、もう試験休みだろ。それに普段だって、ちゃんと行ってるのか」
「行ってるよ。何だよ、説教かよ」浩輔はぷいっ、とそっぽを向いて自分の部屋へ向かってしまった。
 いかん、こういう時に仕事人間は、家族を味方につけられない。俺は今さらながらに後悔をした。こうなったら、娘を味方につけよう。俺は食卓に向かってどっかりと座り、娘の帰りを待った。
「恵美子は、まだ帰らないのか」
「もうそろそろじゃないですか」
「ずいぶん遅いじゃないか」時計を見ると、もうすぐ6時だ。
「部活の練習がありますからね」
 そうだ、そうだった。恵美子はバレーボール部のエースアタッカーだった。恵美子が小学生の頃、よく全国大会まで応援に行ったものだった。中学、高校とバレーボールを続けていることすら、すっかり頭の中から抜け落ちていたことに、俺は愕然としていた。
「ただいまあ」恵美子の元気な声が、玄関から響いてきた。「あれ、お父さんがいる。珍しいね」
「そうか、そんなに珍しいか」恵美子のそんな無邪気な言葉にすら、俺は過剰に反応してしまう。「なあ恵美子、みんなで家族旅行ってのは、どう思う」
「どう思うって、いいんじゃない」あまり関心がなさそうな様子で、恵美子は台所に向かう。「お母さん、ごはんまだ?」
「もうすぐできますよ。着替えてらっしゃい」
「はあい」そう言って自分の部屋に向かおうとして、恵美子は俺の前で足を止めた。「で、いつ行くの?」
 子供二人に邪険にされたと思い、へこんでいた俺が顔を上げると、嬉しそうに微笑む恵美子の顔が目に入った。(4へ続く)

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