小説「味噌汁の味」(12)

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 結局、最後に起きたのは、俺だった。
「お父さん、もうそろそろ起きないと遅れちゃうよ」
 明るい声で起こしに来たのは、恵美子だった。眠い目をこすりながら食卓に下りてみると、聡美も浩輔も黙々と朝食を食べている。
「遅いじゃないの、あなた。早く片付けちゃってちょうだいな」聡美はテレビのニュースを眺めながら、箸を口に運んでいる。
「何だよ、大丈夫か、って言っておきながら、自分が一番大丈夫じゃないじゃんか」顔を洗ってきたからなのか、浩輔の顔はつやつやしている。
 何だ、みんな俺より気合い入ってるじゃないか。
 朝食を終え、家族みんながそれぞれに、出かける準備を始める。聡美は朝から化粧に余念がない。恵美子もいつもよりブローを念入りにかけている。俺と浩輔は、寝間着から着替える以外にこれといってすることもなく、母娘の準備が終わるのを待っている。
 家族四人全員が、一体何が入っているんだ、と突っ込みを入れたくなるぐらいにでっかい鞄を持って、玄関で右往左往する。自分の靴を探していると、鞄が誰かにあたってお互いに文句を言ってみたりして。数年前は、一年に一回は見た風景だ。俺はそんな家族を見て、何だかほっとする。
 いよいよ出発、という段階になって、必ず誰かが忘れ物を思い出すのも、いつもの光景だ。
「あ、携帯忘れた」恵美子が慌てて玄関の鍵を開けて、自分の部屋へ駆け上がる。
「おいおい、もう忘れ物、ないだろうな」俺はみんなに確認する。
 全員がうなづいたので、さあ行こう、と俺が門を出ようとした時だった。
「あっ」聡美が大きな声を上げる。
「何だ、どうした」俺はまたか、と思いながら振り返る。
「ガスの元栓、閉めたかな」
「大丈夫じゃないのか。確認したんだろ」
「うん、だけどもう一回、見てくる」
 男からしてみれば、確認してきたんだったら大丈夫だろ、思うようなことでも、女は気にしたりする。こればっかりは、いつまでたっても理解できない、とつくづく思う。
「よし、もう大丈夫だな。さあ、行くぞ」俺は威勢よく掛け声をする。
「ああっ」再び、聡美の叫び声がする。
「何だ今度は」
「新幹線の切符、戸棚に入れっぱなしできちゃった」
 そっちの方が大事だろ、と力が抜ける。先の思いやられる家族旅行になりそうだ。(13に続く)

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