小説「味噌汁の味」(18)

17へ続く)

「ほら、もうすぐ着くわよ。早く準備しちゃいなさい」聡美は今までの話をなかったものにするかのように、母親ぶりを発揮する。
「えー、そんなー。いいとこだったのにぃ」恵美子は本当に残念そうだ。
 いつものように一人で出張している場合は、車内アナウンスが聞こえてからでもしばらくタバコをふかしていたりする。アナウンスから10分近くは、到着までに猶予があることがわかっているからだ。しかし家族連れというのは、何だかんだと準備に時間がかかる。なるほど、だから到着のかなり前にアナウンスを入れるんだな、と改めて実感する。
 名古屋駅に降り立つ。本当に久しぶりだ。息子と娘にとっては、初めての名古屋じゃないだろうか。
「どうだ、名古屋だぞ」俺は子どもたちに、誇らしげに言う。
「なんかちっちぇえ駅だな」浩輔はいきなり俺の気持ちを逆なでする。
「何言ってるんだ。これでもずいぶんきれいに、大きくなったんだぞ」
「そうですよね。昔はこんなにきれいじゃなかったですもんね」聡美は懐かしそうに辺りを眺め回している。
「おまえたち、名古屋は初めてだろ」
「そうだね」恵美子も珍しそうにきょろきょろしながら答える。「初めてじゃないかな」
「何言ってるの。あんたたちが小さい頃、そうだ、浩輔がまだ幼稚園ぐらいの頃だったかな。一回来てるわよ」大きなため息をついて、聡美は続ける。「まあ物心ついてない頃だから、覚えてないだろうけどね」
「あれ、そうだったったか。一回連れてきてたかな」
「そうですよ。あなたまで忘れたんですか」
 そうだった。俺の両親に家族を会わせようと思って、家族みんなで来たことがあったのだ。その時オヤジは、聡美に会いたくないと頑なに会うのを拒否したんだった。嫁入り道具の一つも持たせてこない家の娘に、会うつもりなどない、と言っていたっけ。
「お父様、お元気ですかね」
「ああ、元気だと思うよ。今度は会ってくれるんじゃないか」
「そうですね。もう二十年以上も経ってますからね」聡美の顔は、少し寂しそうだった。(19に続く)

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