小説「味噌汁の味」(9)

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 恵美子はわずかに浮かべていた微笑みを消し、またもやそっぽを向いてしまった。
「いや、違うんだ。それはだな」俺は再びカーテンをちらっ、と開けて窓の外をうかがってみる。するとそこには、あられもない大学生と茶髪がくんずほぐれつ、を展開している。ばかやろう、カーテン閉めてするぐらいのデリカシーはないのか、と俺は舌打ちをする。
「……知ってるよ」恵美子は顔をそむけながら、絞り出すような声で言った。「……全部、見えるから」
 そうか、全部見てるのか。待てよ、ということは、くんずほぐれつ、も恵美子は見ている、ということだよな。なんと教育に悪いことなんだ。そんなもっともらしい、親としての意見が頭に浮かんでくる自分が情けなかった。
 冷静に考えてみれば、恵美子は高校生である。それぐらいの知識、身についていたってちっともおかしいことはない。しかも最近の高校生は、自分たちの時代なんかよりはるかにませている。それに女の子の方が、そっち方面の知識に長けているのはいつの時代も変わらないはずだ。
「……なあ、恵美子。いつだったら一緒に名古屋に行けるかな」
「……」
「恵美子にも、予定があるだろ。来週は練習、休めないんだよな。その次の週はどうなんだ」
「……たぶん、大丈夫。再来週の水曜日が試合だから、それが終われば」
「そうか、試合なのか。……じゃあ、応援に行かなきゃな」
「いいよ、来なくても。恥ずかしいから」
「そう言うなよ。これまで、ずっと行けなかったんだから」
 言ってから、何だか気恥ずかしい感じがしてきた。子供の試合を見に行く。これまでの無関心さを考えれば、恵美子の方が俺の言葉に白々しさを感じただろう。
「恥ずかしいよな。俺も何だか、恥ずかしくなってきたよ」
 照れて恵美子の方を直視できずに、また俺はカーテンを開けて窓の外に目を移したが、さすがに向かいの部屋のカーテンは閉ざされていた。
 急にどすっ、と肩が重くなった。恵美子がのしかかってきていたのだった。
「……名古屋行くの、再来週の土日でいいのかな」
 なぜか俺の目からは、涙がこぼれていた。(10へ続く)

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