小説「味噌汁の味」(7)

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 二階の、恵美子の部屋の前に立つ。こういう場合は、やはりノックをするべきなのだろう。しかし自分の娘の部屋に入るのに、そんなに気を使わなくてはいけないものなのか。ずけずけとドアを開けて入っていけばいいじゃないか、父親ならば。いやいや、父親とは言っても、娘は年頃の女の子だ。男親に見られたくないところだって、あるに違いない。何を言っているんだ、家族じゃないか。隠し事などするべきじゃないだろう。ちょっと待て、そんなことを言えた義理の父親なのか、俺は。
「そこにいるの、お父さんでしょ。入ってこないでよ」
 部屋の中から、恵美子の声がする。いろんな考えが頭の中をぐるぐるしている間に、先に釘を刺されてしまった。
「い、いや、あの、恵美子。話したいことがあるんだけど」おいおい、ずいぶんと気弱じゃないか。父親の威厳を示したらどうだ。
「放っといてよ」
 娘がそう言ってるんだから、放っておいてあげたらどうだ。いやいや、ここで放っておいたら、もう次のチャンスはないと思った方がいい。何を言ってるんだ、今までさんざん放っておいたくせに。違う、だからこれからは、放っておいたらいけないんだ。
 まるで俺の頭の中はジキルとハイド状態だった。
「あのな、今、話したいことがあるんだ」俺は、意を決した。「中、入らせてもらうぞ」
 入ってこないで、と言われるかと俺は思っていた。しかし恵美子からの拒否を示すリアクションは、なかった。正直、ほっとした。
 恵美子は、ソースで汚れた制服のまま、ベッドにうつぶせになって横たわっていた。
「おい、制服、脱いだらどうだ」
「やだよ、お父さんいるから」
「わかったよ、向こう向いてるから、さっさと着替えなさい」
 ベッドに背を向けると、窓から外が見渡せる。改めて外を眺めてみると、隣りのアパートの一室が、丸見えになっていることに気づく。真正面の部屋には、今帰ってきたばかりの大学生らしき男の姿が目に入ってきた。
「なんだ、隣りのアパート、丸見えだな」
「ちょっと!」着替え途中の恵美子が、慌てた様子でカーテンをぱっ、と閉めに来た。「のぞかないでよ」
 恵美子の行動に呆気にとられると同時に、恵美子の胸が思いのほか大きく膨らんでいることに、俺はあんぐりと口を開いてしまっていた。(8へ続く)

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