小説「味噌汁の味」(2)

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「絶対行くって、いつから行くおつもりなんですか」聡美はため息まじりに俺に言う。
「いつでもいい。行けるなら明日にでも」
「無理ですよ、そんな急に。だいたいあなた、仕事は大丈夫なんですか」
 妻のもっともな言葉に、俺はおもむろに手帳を開いてみる。確かに明日は無理だ。仕事で客先に行く予定が入っている。じゃあ明後日はどうだ。これもまた朝から晩まで会議の予定だ。ちょうど今まさに、新製品開発プロジェクトが動いていて、俺はその責任者になっていた。いかん、このままでは計画倒れになる。
「来年のお盆あたりにしたらどうです。そんなに慌てなくても、勇作さんはきっと待っていてくれますよ」
 そんなことを思っているうちに、勇作は死んだ。このままお盆まで時期を伸ばしていたら、またきっとその頃にも仕事が忙しいからと、行けなくなってしまうに違いない。なぜか俺は、切迫したものを感じていた。
 思えば2年前、勇作と最後にあった日のことだ。お別れ会の会場になったのは、東京では珍しく名古屋の味を食べさせてくれる店だった。名古屋コーチンの手羽先に、味噌かつ、櫃まぶし、味噌煮込みうどん。料理の一貫性は、「名古屋」というキーワードだけで保たれていたが、いずれもまさに子供の頃から慣れ親しんだ味だった。集まったみんなは、「名古屋に帰るんだから、これからいくらでも食べられるじゃないか」と勇作に言ったもんだ。だけど勇作は微笑みながら、
「みんなで食べたいんだ。みんなで一緒に、食べたかったんだ」
 と繰り返すばかりだった。もしかしたら奴は、何かを予感していたのかもしれない。今となっては、真相をつかめることもないだろうが。
「みんなで、食べたいんだ」俺はつぶやいた。
「何をです」脈絡のない俺の言葉に、首を傾げながら聡美が言った。
「俺の故郷の料理を、みんなで食べたいんだ。家族みんなで」(3へ続く)

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