【雑感】原発と食中毒の共通点。

ゆでたまごのすけでございます。

浜中原発を停止させる、ということで、
中部電力さんは地元や株主などとの調整が難しく、
企業内での結論を出すのを先送りされた、
みたいなニュースが新聞に掲載されておりました。

まあ、そりゃそうでございますよね。
原発で商売が成り立っている地元の人たちも多いでしょうし、
株主なんて中部電力の業績が原発の停止で下がってしまったら、
損しちゃうことになるわけでございますから。

しかし、そうやって権利を主張している人たちは、
もしも東海、東南海の大地震が起きた時に、
福島と同じようにえらいことになってしまったとしたら、
その時はどんな態度を取るんでございましょうね。
自分たちが主張してきた言動のことは顧みず、
手のひらを返したように、停止させなかった国の責任だ、
みたいなことを言っちゃう非常に下司なことをおっしゃる人たちも、
結構な数でおられるのではないだろうか、
と思ってしまうわけでございます。

そういう時に、科学的な根拠はあるのか、
なんて糾弾をする人たちも大いにおられますよね。
87%という数字がえらく強調されているわけでございますが、
もちろん、その強調させているということにも、
何とかして危機感を醸成しようという政府の意図も感じはいたしますが、
何もかも科学的な根拠があるかないか、
みたいなところですべてを解決しようということに、
問題があるということにそろそろ気づくべきではないでしょうか。

例のユッケの問題もそうでございます。
生食用の肉が流通するというのは、
法規や条例の上ではあり得ないことになっていながら、
焼肉屋さんのメニューにはユッケやレバ刺しが普通に掲載されていて、
テーブルに並んでいたわけでございます。
法的な拘束力がなかった、というところに問題がある、
などと主張する方々も当然、おられるわけでございますが、
何もかも法律や規制、規則などで縛れば問題がなくなる、
という過信の方が問題ではないか、と思うのでございます。

この二つの事象は、
数値とか結果とかにこだわってきてしまった日本が、
ちょっと品のない資本主義社会を形成してきてしまった、
という表れのように思えてならないのでございます。
結果を重視して、プロセスを重視しない。
売上げが上がってれば、その手法は何でもいい。
そういう発想なら、振り込め詐欺は正義になるわけでございます。
極論ではございますけども。

要するに、一人ひとりがちゃんとしましょう、
ということなのではないかと思うのでございます。
自分のことばっかり考えるのではなく、
みんなのことを考えるようにすれば、
明らかに、浜中のようにあんな海辺にある原発は、
地震と津波を受けたらまた福島の再現になってしまうのではないか、
と考えるのは当然のことでしょうし、
ユッケに出す肉は、業者の元でも、お店でも、
ちゃんとトリミングしてから出しましょう、
ということになるのではないかと思うのでございます。

それは、法律や規制、条例や規則で強制されるものではなく、
一人ひとりそれぞれがごく普通に考え、暮らしていく中で、
到達すべきところなのではないでしょうかね。

と、自分のことばっかり考えがちな自分に対して、
戒めるような気持ちで書いてみた次第でございます(苦笑)。

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